第5章 忘れ物
「私、カラ松くんが戻ってくるまでここで待っててもいいかな。数学の教科書ないと困るから…」
「それは全然構わないんだけど…カラ松兄さん、いつ戻ってくるか分からないよ。時間大丈夫?」
「時間は…ギリギリかも」
待ってたら普通に遅刻しちゃうな…。
カラ松くん、こんな時間にどこ行っちゃったんだろう。
さすがに探しに行く時間はないから、私はもう諦めて教室に戻った方がいいのかもしれない。
「まぁいないならしょうがないか…私そろそろ教室に戻るね、一松くんありがとう!出てきてくれて…」
「待って!」
「え…?」
自分の教室へ戻ろうとしている私の手首を、一松くんが優しく掴んできた。
振り向くと、一松くんは珍しく尻込みしている様子だった。
「そ…それ、俺のじゃダメかな。俺も数学の教科書持ってるんだけど」
「え…いいの…?」
「いいに決まってるよ!俺たち…友達だろ?」
「う、うん…!ありがとう一松くん!」
"友達"という言葉に嬉しくなってしまい、私の口角は無意識に上がってしまっていた。
でも、春奈の状態で一松くんと友達になっても大丈夫なのかな。
まぁ友達くらいならギリ…大丈夫…かも。
一松くんは優しいから、急に襲ってきたりしなさそうだし。
それにしても、友達か〜!嬉しいなぁ、友達…!
「ふはっ、いい笑顔」
「友達になれて嬉しいからね!……ん?」
一松くんが照れ臭そうに片手で口元を隠しながら、小さな声で「俺も…」と言っている。
そんな時、廊下の向こうから、聞き慣れた「立花さん…?」という声が聞こえてきた。
「か、カラ松くん…!」
一体、彼は今までどこに行っていたのだろうか。
遠くから私たちのところまで駆け寄ってきたカラ松くんが、不安そうな声色で「立花さん、どうしてここに…?」と尋ねてきている。
「あ、実は私ーー」
「春奈ちゃん!はい、これ数学の教科書」
「あ、一松くんありが…」
「もう時間ないし、教室戻った方がいいんじゃない?授業、そろそろ始まるよ」
「え…あ、ほんとだ!ごめんねカラ松くん!私もう行くね…!」
「え…」
私が走り出す前に、カラ松くんの方から寂しそうな声が聞こえたような気がしたが、私は時間がなかったので振り返らずに教室に戻ることにした。
ごめんね、カラ松くん…!!