第5章 忘れ物
ない…ない…。
数学の教科書がない…!!
昨日の夜、ちゃんと入れたはずなのに!!
間違えて違う教科書入れちゃってたのかな…。
あと10分で授業が始まっちゃうのに。
困ったなぁ。
喋ったことのない隣の席の子に見せてもらうのは申し訳ないし、こうなったら隣のクラスにいるカラ松くんに借りに行くしかなさそうだ。
時間がないから、急ごう。
カラ松くん、持ってるといいな…数学の教科書。
ーーーここがカラ松くんのクラスか。
隣のクラスには入ったことがないから、ちょっと緊張しちゃうな。
「し、失礼します…松野カラ松くんいますか…」
教室の扉を開けながら、私は教室の中を見渡してみたけれど、残念ながらそこにカラ松くんの姿は見当たらなかった。
あ、あれ?クラス間違えた?
いや、そんなはずは…トイレにでも行っちゃったのかな…。
「…春奈ちゃん?」
「い、一松くん…!」
一松くんとカラ松くんって同じクラスだったんだ。
「久しぶり!うちのクラスになんか用?」
片手を振りながら私に近付いてきた一松くんが、不思議そうに首を傾げている。
相変わらず、いい笑顔だ。
「あの、私…カラ松くんに用があって」
「カラ松?あーカラ松兄さんなら…ごめん、今はいないみたい。多分すぐ戻ってくると思うんだけど…何かあった?」
そう言いながら、廊下に出てきた一松くんは、教室の扉を閉めていた。
知らない人達の前だと、私が喋りづらくなってしまうと思って、彼は気を使ってくれたのだろう。
優しいなぁ、一松くんは…。
「実は私、数学の教科書忘れちゃって…」
「あー、それでカラ松兄さんに借りに来たってこと?」
「う、うん…」
まだ入学してから一週間も経ってないのに、もう忘れ物かよ〜とか思われてないかな、大丈夫かな。
まぁ、恥ずかしいけど一松くんに嘘をつく意味なんてないし、ここは正直に話しちゃおう。