第1章 1(夏油視点)
本音を言えなかった。
矛盾した未練たらしい男だと思われたくなかった。
名前が求める“夏油君像”を壊したくなかった。
自分に素直になり親を殺し恋人を傷付け、自分の自尊心の為に再び恋人を傷付けた。
私は幼稚だ。
一方名前は自らの気持ちに正直になり、私から自立する選択をした。
離れてから二年ほど経つが、私は随分と成長した気になっていた。
そして名前は変わらずにいてくれると勘違いしていた。
「名前…」
彼女の名を新しい家族の前で口にした事は無い。
誰も知らない私の恋人…
幼い同居人にその存在を告げたが何者であるかは知らない。
「もう恋人ですらない…か…」
携帯を見れば時刻は外出時間に迫っている。
眺めていた写真を内ポケットにしまって明かりを消す。
部屋を出ればワンピースを着た2人が抱き着いて来た。
「夏油さま~!」
「夏油様!」
「出かけるよ」
2人の頭を順番に撫でて玄関を出る。
私は孤独ではない。
しかし空虚だ。
どんなに家族が増えても虚しさは消えない。
むしろ日に日に増すばかりだ。
目の前ではファミリー達が私の成人式を祝ってくれている。
豪華な食事と賑やかな会話、思いやりの籠った贈り物。
しかし私だけは別の空間にいるような気分だ。
透明で分厚い壁が目の前にある。
誰もその存在に気付いていない。
名前といた時には感じなかった透明で分厚い壁。
非術師である名前との間にはなかった物が術師との間にはある。
しかし実際に分断されたのは壁など存在しない名前との関係。
「スーツも素敵ですよ夏油様」
「ありがとう」
貼り付けた笑顔で微笑む。
その言葉を名前から聞けたらどれだけ幸せだっただろうか。
“会いたい”
新しい家族は所詮ファミリーであり組織の幹部でしかない。
本当の家族ではないし術師の選民意識という共通点でしか繋がっていない。
私から呪力と術式を抜いた“私自身”と繋がっている訳ではない。
しかし名前は違う。
私を呪術師としてではなく同い年の学生として愛してくれた。
それがどれ程有難い事か分かっていた筈だ。