第7章 7(夏油視点)
名前を初めて意識したのは土砂降りの日だった。
窓ガラスに映る悲しく切ない表情、見惚れるように熱を帯びた眼差し…
同い年の“女の子”がこんなにも複雑な表情するのかと一瞬釘付けになった。
補助監督がいなければ触れていたかもしれない。
残穢7
その日は青かった空が夕方になり、強めのシャワーを彷彿とさせるような土砂降りになった。
傘を持っていなかった私は学生鞄を傘の代わりにして補助監督の待機する車に向かおうと意を決した。
「あの…」
土砂降りの世界へ飛び出そうとした瞬間、控えめに掛けられた女子生徒の声に振り向く。
私がいるのは生徒用の昇降口。
本来なら教員用の玄関から出入りするのだが、この雨なのでセダンまで最短距離の玄関から出ようと思ったのだ。
なので、放課後とは言え在校生に遭遇するのは当たり前。
気配には気付いていたが声を掛けられるとは思っていなかった。
掛け持ちしていた現場は厳しく管理された女子校だったからだ。
「どうかしましたか?」
振る舞いには細心の注意をはらっていた。
言葉遣いはいつもより丁寧に、声色は優しく穏やかに、とにかくお行儀よくしていた。
女子校の中で改造制服を着た長髪にピアスの私は異質以上の存在だったからだ。
「迷惑でなければコレ使って下さい」
そう言ってセミロングの黒髪をポニーテールにした小柄な女子生徒が折り畳み傘を差し出す。
ひざ丈のプリーツスカートにノーメイクというビジュアルは中学生のようだ。
そもそもこの学校は化粧、染髪、パーマ、ピアスが禁止らしい。
スカートの丈だけでなく髪型までも厳しく管理されている。
想像も出来ない世界だ。
「私なら大丈夫です
外で送迎車が待機してますから」
「…ごめんなさい」
丁寧に遠慮すると、女子生徒は悲しそうに俯き下駄箱の蓋を開ける。
その様子を見た瞬間、強い罪悪感に襲われた。
優しさの押し売りをいなすのは上手い方だと思っていたが、それが通用しない相手に出会ってしまった。
「貴女が謝る必要は…」
言い掛ける私の言葉を遮って彼女は下駄箱から取り出したローファーをを乱暴に放り投げた。
「…」
周囲に何とも言えない音が響き、放り投げられたローファーの片方が横向きになっている。
しまった…
悪い印象を与えてしまったようだ。