第5章 5(夏油視点)
「夏油様と同じがいい!」
「同じがいい」
「どっちかが同じかもしれないよ?」
「どっちも違う」
「お花の匂いじゃない…」
縫いぐるみを抱き締め呟いた言葉に興味をそそられる。
非術師の調合した人工的な花の香りなど何処で覚えたのやら。
しかし、子供の割になかなか鋭い指摘だ。
裏を返せば可愛げが無いとも言える。
彼女達を保護するという義務感はあるが、それ以上の扱いをする気はない。
決して特別な存在ではない。
ただ、あまりにも不憫で許せなかった。
今までの鬱憤や葛藤も手伝いカッとなってやったのは事実だ。
もう後戻りはできないと覚悟を決めてやった訳ではない。
気が付いた時は真っ青な火の海だった。
私はそこまで優等生ではないし冷静でもない。
本当は自尊心が高く孤独に弱い幼稚な男だ。
私の事を何も知らない癖に皆は買い被り過ぎだ。
それが煩わしいと感じるのは気のせいではない。
「ミントが入っているから大人用なんだ」
「スース―するの?」
「冷たい?」
「そうだな~
歯磨き粉を手に塗ったらどうなると思う?」
「気持ち悪い」
「やだ」
「じゃあ2人にはまだ早いね」
2人の表情は納得していないが、他のハンドクリームで納得させるしかない。
「同じがいい」
「同じの」
「じゃあ、このハンドクリームはいらない?
「「 いる! 」」
2人の声が重なり焦った表情に変化する。
「どちらを選ぶか2人で相談して決めなさい」
来客用の低いテーブルに2本のチューブを置いて部屋を出る。
今は一人になりたかった。
名前と同じ年齢の雌猿と連続で会話をしたのは間違いだった。
名前と同じ歳と言う事は私と同じ年齢でもある。
何不自由なく育ち、友人関係も良好で親の収入は中の上もしくは上の下といった所だろうか。
片方はそこそこ見て感じる事が出来る。
もう片方は完全な猿だが、自分には分からない“何か”がそこに存在すると信じ込んでいる。
どちらも使えるとは思えない。
「“夏油様”か…」
袈裟のまま乱暴にソファーへと身を沈める。
皆が私を様付けで呼ぶ。
そうするよう強制した事などない。
思わず笑いがこみ上げてくる。
滑稽なのは私か周囲か…それとも両方か…