第5章 5(夏油視点)
今でも夢に見る。
名前と相合傘をしながら街を歩いた事。
味気ないビニール傘の下でも幸せだった。
コンビ二で買った60円のアイスも名前と一緒なら専門店のアイスより美味しかった。
自販機の缶ジュースも名前と一緒ならカフェのドリンクより美味しかった。
名前と一緒ならプリクラだって一眼レフより価値があった。
名前と一緒にいる時間こそが私にとって何よりも価値があった。
残穢5
「…っん…」
黒と黄色が渦巻く醜い玉を喉の奥へと流し込む。
吐き気がするほど不味い。
何千回流し込んでも慣れる事は無い。
吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような感覚。
皆は知らない…それが呪霊の味。
この悍ましい玉を丸呑みする醜い私を名前は受け入れてくれた。
私の中にある禍々しくグロテスクな一面。
名前には知られたくなかった。
でも受け入れて欲しかった
だから話した。
拒絶される覚悟で…
名前に嘘はつきたくなかった。
隠し事もしたくなかった。
あの時は声が震えて愛想笑いすら出来なかった。
好きだと言ってくれた私の口付けも、吐瀉物を処理した雑巾と大差ない物に触れている唇だと知ったら…
言わなければそれで済む話だったが、何も知らない名前を騙しているようで辛かった。
「夏油様いい匂いがする~」
「良い匂い
小さな同居人の頭を順番に撫でれば、スンスンと匂いを嗅ぐような仕草を始める。
子供は良くも悪くも敏感な生き物だ。
「そうかい?」
「うん」
「夏油様の手…良い匂いがする」
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
「同じのつけたい」
「つけたい」
強請る様に見上げて来る幼い瞳を受け流し、隠すようにハンドクリームのチューブを袖の中へと放り込む。
この香りは誰にも纏わせたくない。
「夏油様ずるい」
「むぅ…」
いじけた表情で私の後を2人が追い掛けて来る。
従順ではあるが所詮は子供だ。
聞き分けが良い訳ではない。
「それなら2人にコレをあげるよ」
そう言って引き出しからコフレセットに入っていた小さなチューブを取り出す。
桜と薔薇の香りのハンドクリームだ。
敢えて違う物を2人の前に差し出し反応を見る。
己の欲望に走るか、互いを尊重するか…
どちらが相手の我儘に折れるか…