第20章 幸福
『……どうして、拒むの……。幸せになれるのよ……』
"幸福"の声は、ただの声だった。
先ほどまでの、子守歌のような音色のような、心を震わせるような響きはどこにもない。
『幸せになれることは罪じゃないわ……。幸せになってもいいのよ……』
私はその意味を、考えた。
『幸せになるのに、理由などいらないわ……。幸せになるのに躊躇いなど……。あなたの中に、どんな迷いや戸惑いや疑問があっても、すぐに全てがなくなるの……。そういう世界なのよ……』
いい話に聞こえた。
事実、"幸福"にはその力があるから尚更。
この世界は、苦しみと悲しみと憎しみで満ち溢れている。
誰だって苦しみたくないし悲しみに溺れたくなどない。
誰だってみんな幸せになりたいと願っている。
『私が全て取り除いてあげる……。私が全てを与えてあげる……。あなたの望むもの……あなたの夢……過去も未来も……永遠も……』
「与えられた幸福で、本当に幸せになれるわけないでしょ」
五条悟の力強い声に、私はハッとした。
『死を恐れているの……?恐れなくてもいいのよ……。死は、一瞬の通過点に過ぎないのよ……。なんの意味もないものなの……』
「オマエから見れば、死の恐れすら取るに足らない感情だろうね。だけど僕たち人間には必要なものだよ。恐れも、悲しみも、苦しみも、憎しみも、痛みも。乗り越えるために必要なものなんだ。それが人を成長させていくんだよ」
『……わからないわ……』
「オマエにはわからないだろうね。オマエの中には、そういった感情なんてないんだから。オマエの中には"幸福"しかないんだから」
五条悟の言葉に、私は不思議な感慨を覚えた。
とても大切で、とても特別な何かに思えた。
悲しくなるくらいの美しい炎に照らされる五条悟の横顔は、"幸福"以上に美しく、綺麗で、何故だか私は泣きたい気持ちになった。