第16章 野球
「オマエさ」
コーヒーが2つ、テーブルに運ばれてきたところで、夏油が口を開いた。
その声は先ほどのような軽い物ではなく、真剣みをおびたもの。
「禪院真希のこと、どう思ってる?」
……それは、どういう意味かしら。
「大体話は聞いてんだ。禪院家のこととか、オマエらの境遇とか。……置いていったアイツのこと、本当に嫌いなのか?」
静かにそう、問いかけてきた。
なんでアンタがそんな悲しそうな顔をするの。
意味がわからない。
………あぁ、そういうこと。
「アンタも置いていかれた側だったわね」
「………」
「それで?私の返答を聞いてどうするの?自分と同じだって思って喜ぶの?それとも自分とは違うって嘆くの?」
「……どっちでも、ない。かもしれなくもなくもない」
「どっちよ」
ハッキリしないわね。
いつもの夏油らしくなくて気持ち悪い。
いつもの夏油がどんなのか知らないけど。
でも憎たらしさが半分以下なのはたしかね。
「………私は、お兄ちゃんのことすごい好きなんだよ」
「知ってる。高専に乗り込んで五条さんを殺そうとして返り討ちにあったんでしょ」
「なんで知ってんだよ」
「有名だからよ。夏油傑の妹ってだけで。自覚あんでしょうが」
「ああ、そうか。……そうだった」
ふにゃふにゃになったフライドポテトみたいな顔で笑う夏油に、私は一瞬どきっとしてしまった。
そんな顔で笑う事できるのね。
自分の立場を忘れるほど、楽しい毎日を過ごせてるってことかしら。