第7章 じゅじゅさんぽ【Vol.2】
「せめて、これを」
手渡された名札を彼女は手にして。
その名前を、息子の名前を、ゆっくりと心の中で呼んだ。
正、と。
皮肉なものだ。
"正"と名付けたのに、間違いを2度も犯すなどと。
被害者家族からは疎まれ憎まれ、世間からも陰口をたたかれる日々。
精神的にも彼女の心は限界だった。
それでもこの手で何十年と育て上げた大事な、大切な子供。
間違いを犯しても、世間から嫌われても。
自分だけは愛してやろうと。
「正さんを助けられず、申し訳ありませんでした」
息子と同い年くらいの少年が深々と頭を下げるその姿に、彼女の心はまた痛む。
痛みはしたが、これでいいとさえ思った。
「あの子が死んで悲しむのは、私だけですから」
間違いを犯した我が子に、死んでしまった我が子に。
もう二度と会うことはない。
だけど、今こうして手元に名前だけでも。
彼が生前身につけていたものだけでも戻って来てくれただけでも。
何もないよりは、まだ。
息子の間違いを正せなかったことに悔いはある。
それでも、確かなことが一つあるとしたら。
私はあの子の、正の、たった一人の母親。
私の中ではあの子は、生きている。
それだけだ。
伏黒は、泣きじゃくる母親にもう一度頭を下げてその場を後にした。
これでよかったのか、もっと言うべきことがあったのではないか。
たくさん考えたが、それらしい答えは見つからないまま高専へと戻ってきたのだった。