第26章 事変
「……伊地知さん?」
首都高速3号渋谷線・渋谷料金所に着いた私と伏黒は、家入硝子に猪野を診てもらおうと簡易的に作られた医療用のテントの中に入った。
猪野をベッドに寝かせ治療に入る家入硝子を横で見ながら、私はもう一つのベッドに目をやった。
そこには固く目を閉じて横たわる伊地知さんの姿があって。
「なんで、伊地知さんが……?死んで、ない、よな?」
「死んでいないよ。伊地知は元々術師を目指していたし、そこらへんの奴よりはタフだよ」
「……よかった」
「夏油、オマエの傷も見てやるからそこに座ってろ」
「あ、うん……」
丸椅子に腰かけてなくなってしまった左耳に触れる。
鈍い痛みが頭に響く。
左耳を失ってしまったけど、正直運はよかったと思う。
出なければ私は猪野と同じか死んでいいただろう。
あの男の手によって。
「伏黒、オマエは地下5階に迎え。私も後から向かう」
「……いや、オマエは休んでた方が……」
「馬鹿か。他の奴がまだ戦ってんのに、片耳失くしただけの奴が休んでられるか。一級で最低レベルの戦いに私が戦線離脱したら戦力が下がんだろ」
「…………」
「それに……悟を早く助けたい。私のミスでこうなったんだ。自分のケツは自分で拭かなきゃ、だろ」
「わかった。早く戻って来いよ」
伏黒は眉間に皺を寄せたが、コクリと頷いてテントから出て行った。
伏黒の背中を見つめた後、私は大きく息を吐きぎゅっと掌を握る。
冷静になれ。
ここで感情的になっても現状は変わらない。
治療したら地下に行って、それで……。
「夏油」
名前を呼ばれ顔を上げると、家入硝子が私の顔を覗き込んでいた。
目の下にできた濃い隈にびくりと驚いてしまう。
「落ち着け。大丈夫だから」
「……落ち着いてるけど」
「オマエはいつになっても嘘が下手だな」
クスクスと笑って家入硝子は私の左耳に触れた。
血を拭って消毒して……それは反転術式を使った治療ではなく一般的な治療の仕方。
反転術式を使えば簡単に血は止まるのに、なんでこんな回りくどい事を……。