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浄穢

第8章 8


「笑顔でも泣き顔でも構わない
 名前の美しい姿を写真に留めておきたいんだ」

「お世辞はいいよ」

「本心だよ」

“…ぎゅっ…”

再び抱き締められる。
先程よりも強く…強く…
縋るような抱き締め方は抱き着くという方が適切かもしれない。

“ドクンッ…ドクンッ…”

逞しい胸板から鼓動が伝わってくる。
大きく脈打つような鼓動は、早鐘を打つような私の鼓動とは全く違う。
夏油君と私の間には確実に温度差がある。
それだけで涙が溢れてしまう。

「うっ…ぐすっ…ぐすっ…」

「名前…私と一緒に来るか?」

「え?」

「名前が望むなら連れて行くよ」

“ドクンッ…”

夏油君の言葉に胸の高鳴りを止められなかった。
やっぱり一緒にいたい。
こんなに苦しいのは大好きな夏油君を疑っているからだ。
こんなに虚しいのは夏油に会えなくなったからだ。

「ぐすっ…夏油君…」

「ただし覚悟はしてもらう
 私は非術師を皆殺しにして術師だけの世界をつくる
 その意思は変わらない
 名前が飛び込む世界は非術師を猿と蔑む術師の世界だ
 名前だけ例外という訳にはいかない
 非術師である名前にそれが耐えられるかい?
 そんな私と共に歩む矛盾に耐えられるなら連れて行くよ」

「……」

あぁ…やっぱり現実はこんなものか…
非術師を皆殺しにする術師の集団の中で、非術師の私が例外なく蔑まれながら殺されるのを待つ。
そんなの矛盾以前の話だ。
私は夏油君と共に歩むなんて実現しない話を持ち掛けられている。
彼は有耶無耶にせず、面と向かって縁を切ろうと私の前に現れたのだ。

最初から有り得ない話だった。
私のような陳腐な女と夏油君のような真面目で優しくて魅力的な男性が本気で付き合う訳ない。
心の片隅で分かっていた筈だ。

いつか捨てられると…

「選択権は名前にある」

「夏油…くん…ごめんね…
 本当は私といるの嫌だったんだね…
 私の事嫌いだったんだね…
 気付かなくてごめんね…」

目を閉じて逞しい胸板に身を預ける。
涙が幾筋も頬を伝い零れてゆく。
夏油君の腕の中は温かくて安心する。
それは今も変わらない。
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