第7章 7
当時の私は夏油君と一緒にいられるだけで嬉しくてそんな事考えもしなかった。
夏油君なら裏切らない、夏油君なら信頼できるって思い込んでた。
猿だと蔑まれていた事にも気付かずに浮かれていた。
虚しい。
熱い涙が頬を伝い落ちてゆく。
幾筋も幾筋も…
「…」
返す言葉など何もない。
「こんな場所で話すべきじゃなかったね
寒い思いをさせてごめん」
そう言ってコートを脱ぐ夏油君。
温もりを宿したコートで私を包むと横から抱き締められる。
言動と行動の激しすぎる矛盾に頭が追い着かない。
「ぐすっ」
「震えてるよ」
大きなコートの上から夏油君の長い腕が優しく私を閉じ込める。
同時に夏油君の温もりと香りが私を包み込んでゆく。
夏油君は香水をつけない人だ。
任務中に相手に気取られるからだと言っていた。
だから夏油君の香りと言うのは彼の愛用する洗剤の香りや身に纏う雰囲気のようなものだ。
その香りに包まれるのが私は大好きだった。
「“捕まえた”ってどういう意味?
逃げてたのは夏油君の方でしょ…」
「今は名前が逃げようとしている」
“…ぎゅっ…”
コートを返そうとして、もぞもぞと動けば夏油君の抱き締める力が少しだけ強くなる。
“逃げた”という私の言葉を夏油君は否定しなかった。
「夏油君はどうしたいの?」
聞きたい事は山ほどある。
なのに質問する勇気の無い自分にウンザリして突き放すような口調になってしまった。
「そうだな~記念写真が撮りたい!」
会話の流れに似つかわしくないテンションで突拍子もない事を言い出した。
無理に明るく振舞っているような気がする。
それすらも緻密に練られた演出かもしれない。
もう滅茶苦茶で意味が分からなくなっていた。
「…」
「デジカメを持って来だんだ
携帯は画質が悪いからね」
そう言って私に着せてくれたコートのポケットから比較的新しい型のデジカメを取り出して見せてくれた。
緊張感の無いその声に思わず彼の顔を見れば、嬉しそうに目を細め笑っている。
「猿は嫌いなんでしょ?」
「あぁ…呪術も使えない猿は大嫌いだ」
「…」
優しい声で即答され、止まった筈の涙が再び零れ落ちる。
私の心も夏油君と同様に矛盾している。
ウンザリしているのに、逃げたいのに嫌われたくない。
寂しい…
夏油君がいた学生時代に戻りたい。