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浄穢

第5章 5


「気を遣わなくていいよ」

「せっかくの晴れ着を汚すわけにはいかないよ」

「ありがとう」

これ以上は彼に恥をかかせるだけだと思い、ベンチに鞄を置いて素直にハンカチの上に腰を下ろす。
その間も夏油君の手が離れる事は無く、優しく私の手を包み込んでいる。

「少し待ってて」

「え?」

ようやく夏油君の手が離れる。
緊張がほぐれほっとしてしまった。
こんなの昔の私だったら有り得ない事だ。
夏油君の手が離れて行くのは寂しいし、不安だし、温もりが名残惜しいと思った筈だ。
でも今は安堵している。

大丈夫、私だって昔の私じゃない。
夏油君が変わってしまったように私も変わったのだ。

「お待たせ
 温かいお茶だよ」

「幾らだった?」

「飲み物くらい奢らせて欲しいな」

差し出されたホットサイズのペットボトルのほうじ茶を受け取る。
1月の寒さで冷えた手に解けるような温もりが広がってゆく。

「色々とありがとう」

「どういたしまして」

嬉しそうにニッコリと微笑む夏油君。
その笑顔は本心なのかそれとも偽りなのか…

「夏油君の分は?」

「私はいいよ」

隣に腰を下ろした夏油君の手に飲み物はない。
彼は相変わらず相手の事ばかり考えている。
いや、それは前向きに捉え過ぎだ。
今はその行為すら目的を達成する為の演出もしれない。
こんな思考を巡らせながら夏油君と対峙するのは疲れる。

「じゃあ少しだけボトルを持ってて
 手が温かくなるよ」

「ありがとう
 名前はいつも私に思いやりをくれるね」

夏油君の手にボトルを握らせれば、彼は目を細めて嬉しそうに微笑む。
何度も私の心を温め、幸せな気持ちにさせてくれたあの笑顔で…

「夏油君が気を遣ってくれるからだよ」

「私の我儘に付き合って貰ってるからね
 気を遣うのは当然だよ」

「気にしなくていいのに…」

「そうはいかないよ」

夏油君との間に沈黙が流れる。
彼を横目でチラリと見れば、この沈黙すら心地よさそうにしている。
寒空の下での沈黙でこんなにリラックスした表情を作れるなんて演技としか思えない。
その涼し気で整った横顔に底知れぬ何かを感じずにはいられない。

「…夏油君…さっき“猿”って言ってたよね?
 あれ…どういう意味?」

「非術師の事だよ
 硝子から聞いてない?」

「…何も…」
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