第2章 2
「久しぶり」
「大学行ったんだっけ?」
「うん」
成人式が終わり会場の市民会館を出て中学時代の数少ない友人と久々に言葉を交わす。
周囲は晴れ着やスーツ姿の新成人で溢れ返っており、盛り上がったグループが奇声をあげたり、そこら中で交わされる会話も混ざってガヤガヤと煩い。
「ねぇ名前…あの人知り合い?
ずっとこっち見てる」
「え?」
チラリと私の背後に目配せして顎でしゃくる様に“あれ”と小声で告げてきた。
怪訝そうでありながらもニヤつく友人の表情に違和感を覚える。
「年上かな?
カッコイイ…」
「…」
「笑ってくれた!
超ヤバッ!カッコ良すぎ!!!」
友人の表情が照れと喜びの色に一瞬で変化する。
リアクションから背後を見ずとも相手が男である事は分かった。
絶対に勘違いだろと内心呆れながら振り返って背後を確認する。
“ドクンッ…”
件の人物を視界に捉えた瞬間、心臓が跳ね上がった。
“ドクンッ…ドクンッ…ドクンッ…”
余りにも生々しく暴れる心臓は全身が脈打つようにすら感じた。
体が強張り一瞬で世界が無音になる。
「久しぶり」
目の前には優しく微笑むスーツ姿の男性が立っていた。
長身に長い黒髪をアップにした涼し気な顔立ちの男は穏やかな笑みを浮かべながら近付いて来る。
まるで“あの頃のように”…
「…」
「その振袖よく似合ってるね」
女性の心を優しく擽る様な穏やかな声に顔が引き攣る。
“ドクンッ…ドクンッ…”
余りにも自然で当然の如く話し掛けてきた事に緊張で心臓が激しく暴れ出す。
「…夏油君…」
「え?知り合い!?」
遠くで友人の裏返った声が聞こえた気がした。
「初めまして」
「はっ…初めまして!」
夏油君は頬を少しだけ赤らめた友人に愛想の良い挨拶をする。
彼は女性の“そういう”リアクションには慣れており扱いも上手い。
私とは違い昔のように余裕だ。
でも最後の記憶は目の下に隈を作り、心なしかやつれた彼の顔。
それでも無理して私の前では優しく微笑んでくれた…
「少しだけ名前を借りてもいいかな?」
「ど、どうぞ!」
「ありがとう」
夏油君は友人の言葉に目を細めて微笑み返す。
「名前、頑張ってね!」
友人は夏油君に会釈してその場を去る。
置き去られた私は夏油君と対峙するしかなかった。