第10章 10
夏油君が傍にいる。
嬉しくてたまらない。
”お願い…遠くに行かないで…私の傍にいて”
そんな事、口が裂けても言えない。
「名前、答えを聞かせて」
“ドクンッ…”
その言葉は短い夢の終わり。
「夏油君…私はいつまで本当の気持ちを隠さないといけないの?」
「隠す必要はないさ」
「助けて…夏油君…」
長い指が優しく頬を滑り、涙を拭ってくれる。
切ない笑顔に思考がとろけそう…
彼の事しか考えられない。
夏油君になら殺されても構わない。
だから…だから…
「もう大丈夫、私がついてる
だから名前の覚悟を確かめさせて欲しい」
「…覚悟…」
“結局、どんなに力があっても助けられる覚悟のある奴以外は助からねえし、助けられねえんだよ”
突然脳裏に夏油君とは違う男性の声が響いた。
いじけたような、不貞腐れたような、しょげたような…
でもハキハキと喋るその声は、とろけそうな私の思考に現実を突き付ける。
私は夏油君に助けて貰う為の覚悟が出来ていない。
彼に依存して全てを委ねるなんて出来ない。
夏油君に着いて行っても私は助からないし、彼も救われない。
「名前?」
「ごめんなさい」
言葉が勝手に零れる。
夏油君との縁は完全に断たれた。
涙が流れない筈がない。
「…分かった…諦めるよ」
「うっ…ぐすっ…ぐすっ…」
夏油君の温もりが離れてゆく。
寒い…体に冷気がまとわりついて来る。
「駅まで送るよ」
優しい声を掛けてくれた夏油君は私を包んでいた自身のコートを羽織り立ち上がる。
寒いのは大きなコートが持ち主の元へ戻ったからだ。
「大丈夫」
「最後くらい送らせて欲しいな」
「大丈夫だから」
公園の外に出て夏油君と向き合う。
長身の彼を見上げると言った方が正しいかもしれない。
「分かったよ」
穏やかな表情をした夏油君の心境を予想する事は出来ない。
最後は様々な感情が怒涛のように押し寄せ、目まぐるしく変化していった。
夏油君の表情を見るに、私が拒否する事は想定内だったようだ。
それでいい、私は猿なのだから。
「ねえ、最後はハグして別れようよ」
出来るだけポジティブな印象の別れ方をしたかった。
ドロドロした恋愛感情や執着心を一掃するような最後にしたかった。
「それは遠慮させて貰うよ
抱きしめたら放せなくなる…」