第2章 一虚一実
「…どうして。」
やっとでたのはかすれ声とその一言だけ。
「どうして?そうだね。それに対する答えは君にとって哲学的に聞こえると思うよ。それでもあえて説明すると、人間が好きってことかな。人間ってものが面白くて興味深くて仕方ないんだよねー。あぁ、あくまで好きなのは人間であって君じゃないから。ここ重要。」
少女は頬が熱くなるのを感じた。眉目秀麗をいいことに中身は外道極まりない。
「全部…嘘だったの?」
目を下げると男は急に体を起こし、少女へと近づく。
「自分の立場…わかってきた?……おいで。」
手を取り、連れてきたのは柵の外。数十センチほどしかないコンクリートの足場。風が強く吹いてきた。
「ここ、何人か飛び降りてるんだよね~。名所とまでは言わないけどさ、ここからなら確実に死ねるんだって。ほら、見てよあそこのシミ。」
示されるがままに恐る恐る覗きこむと、確かに黒い血の痕が濃く黒く姿を残している。とたんに死ぬということが怖くなってきた。
「…君さ、自分だけ特別だと思ってない?」
「?!」
「そんなことないから。皆一緒だから。」
危なっかしい足取りで端を歩く男。
「清廉潔白なだけで生きていける奴なんてどこにもいないんだからさ。秘密の一つや二つあるでしょ?自分は良くてなーんで親がダメなのか考えたことある?」
「それは…」
「結論を言わせてもらうとね浮気しても浮気知ってても、誰だってつまんない冗談に笑って甘過ぎる煮物を食べて生きてるんだと思うんだよね~。」
その瞬間少女の中でくすぶっていた何かが動いた。衝動のあまり右手が振り上げられ男を叩こうとしたが、それは当たることなく逆に掴まれ、そして体は屋上の外へと飛び出していた。