第2章 青薔薇の呪い
この美しい女の瞳は今も鮮明に思い出せる。
サッカーチームで戦績を重ねていた時に、その日も遅くまで自主練した帰りの夜だった。
どうやって突き止めたのか、クソ親父と邂逅した。
もうあの頃とは違って俺は弱くないはずなのに、ミヒャエルと媚びる声を聞くだけで、欲に塗れた顔を見るだけで身体が凍りついて動かなくなった。
ひゅ、と喉が嫌な音を鳴らした瞬間、ゴッという音を立ててクソ親父は倒れて気を失った。
クソ親父の背後には、ほとんど干渉しない同居人の女がいた。
人間かと疑うほど整ったツラをしていたのは覚えていたが、瞳の色までは覚えていなかった。
アジア人は黒か茶のイメージが強かったが、彼女のような“金色の瞳”は欧州でも見たことがない。
『…あなた、“こいつ”の身内?』
『………』
『質問を変える。“こいつ”と一緒にいたい?』
その時、無言で首を振ることしかできなかった俺はどれだけ情け無く見えたことだろう。
女はてきぱきと慣れた様子でクソ親父の両手を縛り、そばにあるベンチに括り付けた。
『通報したいところだけど釈放されそうだから、Mr.ダークを呼んだ。すぐに来るからここにいるようにだって。平気か』
『……ああ』
女の身長はアジア人にしては高く、俺と同じくらいで目線が近かった。
同じくらいの高さのはずなのに、俺の目には女はずっと大きい存在に見えた。
また俺は他人に助けられた。
しかも今回は同い年の女。
情け無くて唇を噛み締めた時、女の声で頭が真っ白になった。
『ミヒャエル・カイザー』
名前を呼ばれただけ、たったそれだけだ。
女にとってはなんてことのない、ただ自傷する俺を止めるために呼んだだけのこと。
『……もう一度呼べ』
『ミヒャエル・カイザー』
『…カイザーはいらない』
『ミヒャエル』
『もう一度』
『ミヒャエル』
『……ああ』
思い出した。
こいつの名は、
『』
『なんだ』
『……、……っ!』
力の限り抱きしめて肩に顔を埋める俺に、はもう何も言わなくなった。
抱きしめ返されることのないその細腕に苛立つことはなかった。
なのに、口を開けばいらぬことが出てしまいそうで怖かった。
(ああクソ、この___)
この不自由な想いの名前は何なんだ。