第2章 青薔薇の呪い
「お前の魂を俺に刻め。“ツギクニ”はそういうことができんだろ」
正気とは思えないその提案に、は息を呑む。
若さゆえの暴発かとも思ったが、カイザーはそんなことにはならない。
心理学を学ぶことを教え、理性と本能の飼い方を叩き込んだのはだから。
つまりこの提案は、理性も本能もあるカイザー自身がという女1人に向けた感情そのもの。
「…戻れないぞ」
「知ってる」
「一方的な呪いだ。あなたを縛るためだけのものであって、私を縛るものじゃない」
「なんのデメリットもない。お前以外を触りたいと思わない」
「……そこまでする理由はなんだ」
カイザーは臆病だから、手放したくなかったとか、手放してほしくなかったとか、そんな理由しか思い浮かばない。
「お前からの愛なんてクソいらねぇ。でも、お前に呪われたい。お前に縛られたい。殺されるならお前がいい」
「…なァにそれ、ドイツ流のI love you?」
ふいに、寝室の窓辺に飾ってある一本の青薔薇が目に入る。
“特別な”管理をしているから、何ヶ月も経つのに色褪せていない。
「俺は不可能の象徴になる。お前が俺を呪った分だけ、いつか絶対にお前の魂に俺を刻む」
たったそれだけが、今のミヒャエル・カイザーを定義付けられる事実。
青薔薇と同じ色の瞳はの顔だけを映していた。
「……いいよ、呪おう」
はおもむろに窓辺に手を伸ばして青薔薇の花弁を2枚千切る。
そのままなんの躊躇いもなく口に入れ、ごくりと丸呑みした。
そして、カイザーの唇に己の左手薬指を押し付ける。
「噛め」
カイザーもまた、なんの躊躇いもなく差し出されたの薬指にがぶりと噛み付いた。
薬指から垂れる血に、が眉を顰めることはない。
「もっとだ。もっと強く、痛くなるまで」
血が出ているのはの方なのに、何故カイザーが痛くなるのか。
そう疑問に思う前に、の血をカイザーが嚥下した瞬間、喉元から左手にかけて凄まじい痛みがカイザーを襲った。