第5章 ご主人様のお気に召すまま【前編】
それは彼にいくら愛情を注がれても、克服できない課題だ。
幼い頃より周りから注目されることに慣れきっている彼の隣に立つのは、一般人の私としてはかなり精神が削られる。
決して足取りが軽いわけでは無い私に、悟は痺れを切らしたのかもしれない。
彼に手を引かれながら一人で考え事をしていると、急にフワッと体が浮いた。
何がどうしたのかと、驚いて顔を上げると、
「ゆめか、今日は僕のことだけ考えて」
真剣味を帯びた声で悟に囁かれた。
真っ黒いサングラス越しには瞳が見えないので目からは機嫌が分からない。
少しだけ苛ついた声音で「行くよ」と告げられ、コクコクと首を縦に振った。
ギャラリーからの冷やかしの声に、自分がお姫様抱っこされている状況に初めて気付いたが、慌てふためいたまま降りることも許されず。
彼の腕に軽々と抱えられてエレベーターに乗り込む。
手が塞がっている彼の代わりに、エレベーターのボタンに手を伸ばす。
「悟……何階?」
「65階。40階でエレベーター乗り換えるよ」
「ろく……っ、え、去年より上だよね?」
「ゆめかとの特別な日だから」
ほぼ最高階だよ、と彼は微笑んだ。
→