マイナス、のちゼロ距離センチ【WIND BREAKER】
第1章 光差す向こう側で
「あー腹減ったなぁ」
「もう少しで終わるから――――」
「――かって――――」
「!」
その間にも男性達は歩いていたみたいで、話し声が遠ざかっていく。咄嗟に顔を上げると、もう車に到着して段ボールを積めているところだった。
その姿は、まるで私のことなんて見えていないかの様な振る舞いで――――
「っ!」
そこまで考えてドクリッ、と心臓が嫌な音を立てたのが分かった。動悸がみるみる高まり、呼吸が勝手に乱れていく。
(そう、いえば……)
順を追って思い描くのは、この商店街に立っていたところから。
私は、看板と風鈴があった道の真ん中で突っ立っていた。そして頭が痛くなり、そこから足を引きずる様に路地に向かった。その時の自分の顔色は、誰から見ても悪かったことだろう。
なのに、誰ひとりとして、こちらを見ることが一度もなかった。お店の人も、道行く人々も、みんな優しそうなのに。
(ま、さか……本当に、私のことが見えてない……?)
導き出した答えに、全身の血の気が引いていくのを感じた。冷や汗がドッ、と出てきて、身体が小刻みに震え出す。
そんな馬鹿なことあるはずない、と思いたいけど、前と今の状況がそうだと言っている。しかも、今回は手がすり抜けるというおまけつきだ。
(……もしかして、私……死んで)
「っ、」
死んでいるんじゃないか。
そう考えようとして、慌てて首を横に振って自分の考えを否定する。
それこそあり得ない。
(だって、私には死んだ時の記憶なんて……)
その瞬間、脳裏を過ぎるのは、前のことを思い出そうとした時に頭が激しい痛みに襲われたこと。
それを私は、悲惨なことが降りかかったから、防衛本能として無意識に働いたせいだと思ったのだった。
「……っ!?」
もう何もかも、自分が死んでいる、と思わざるを得ない条件が揃い過ぎている。でも私は、そのすべてを否定したい。こんなの嘘だ、と。
そんな強い気持ちとは裏腹に、商店街にいる人達はこちらを見向きもしない。声をかけてくれない。……現実は、残酷だった。