マイナス、のちゼロ距離センチ【WIND BREAKER】
第1章 光差す向こう側で
「っ……」
そこまで考えて、ふとひとつの方法を思いつく。
思い出すのを止めればいい。
自分を信じて実行すれば、だんだんと痛みが引いていくのが分かる。どうやら、私の思惑は正解だったようだ。まだ本調子とは言えないけど、さっきよりだいぶ楽になった。
その事実にホッと一息つくと同時に、どうして痛みが引いたのか疑問に思う。…………前のことを思い出さない方がいいほど、悲惨なことが自身に降りかかったのだろうか。だから、頭痛を起こすという無意識の防衛本能が働いたのだろうか。
「やめてください……!」
「!?」
思考を巡らせる私を引き戻したのは、耳に微かに届いた怯えた様な静止の声。その小さな訴えに驚き顔を上げる。すると、路地の奥の方で何やら揉めている様な、そんな声が聞こえてきた。
「…………」
とてつもなく嫌な予感がして、思わず眉間に皺を寄せる。
……こんな予感、現実になって欲しくない。だけど、私の思いとは裏腹に、途切れることなく聞こえ続ける複数の声。
「返してください……!」
「!」
そして、いっそう高く上がった声音に私は急いで立ち上がり、素早く足を前に動かした。
(やっぱり……!)
制服を着た男の子が、前にいる男が持っている物に向かって、必死に手を伸ばしている。でも、それは高く持ち上げられていて全然届いていない。その様子を、周りにいた男達がニヤニヤと小馬鹿にした様に見ている。
細い道を急いで進み、開けた先で私の視界に飛び込んで来たのは、紛うことなきカツアゲ現場だった。
(ど、どうしよう……!)
自分が止めるために間に入ったところで、事態が好転しないのは目に見えている。むしろ、男の子と同じくカツアゲされるのがオチだ。だけど、ここで見て見ぬ振りをするのは絶対に嫌だった。
(そうだ……!)
私が駄目なら、これを止められそうな大人を呼んでくればいい。幸い、表通りには大人がたくさんいる。すぐに見つけられるだろう。
(すぐに戻るから、それまで頑張って耐えてて……!)
心の中で男の子を応援しながら踵を返し、元来た道を大急ぎで戻った。