マイナス、のちゼロ距離センチ【WIND BREAKER】
第1章 光差す向こう側で
「っ、いやっ……!!」
気づいたら桜さんの手から逃げるために、大きく後ろに下がっていた。途端、彼の手がビクリッ、と震えて、傷ついた様に大きく目を見開いた。
「あっ……」
違う。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
だけど、無意識にやってしまった行動を無かったことには出来なくて、咄嗟に謝ろうと口を開くけど肝心の音が出てくれない。それを酷くもどかしく思う間にも、私達の間に緊迫した空気が流れ続けて――――
「もー、桜君」
「「「!!」」」
不意にそんな空気を払拭するかの様に、妙に間延びしたゆるい声音が響いた。その声に驚いた瞬間、視界から桜さんが消えて、代わりに後ろで手を組み背筋が真っ直ぐ伸びた背中が映った。
何度か見かけた、姿勢のいい後ろ姿。
(……す、おうさん)
正体は蘇枋さんで、まるで桜さんから庇う様に間に立っていてくれていた。そのおかげか、力んでいた身体が僅かにゆるむ。
「安易に女の子に触れようとしちゃ、ダメじゃないか」
「あ……?」
「軽々しくって意味だよ」
「かっ……!?バッ……!オ、オレはただ確かめようと……!」
「桜君はそうだとしても、彼女からしたら突然でびっくりしたと思うよ」
「!!」
そのまま桜さんと会話を続けて、彼が黙り込んだのを見計らいクルリ、と後ろを振り返り私と向き合う蘇枋さん。その表情は、申し訳なさそうに眉が下げられていた。
「桜君がごめんね。突然でびっくりしたよね」
「っ、」
……それも違う。本当に謝らなければいけないのは、桜さんを傷つけてしまった私の方だ。それなのに、何だかいろんな思いが溢れて胸がいっぱいになり、未だに声が出せない。だから代わりに、精一杯首を横に振って否定する。少しでも、この気持ちが伝わる様に。
そしたら、蘇枋さんは少し眩しそうに目を細め、ゆっくり私の頬に手を伸ばし、触れる直前でピタリ、と止めた。
「……君に、触れてみてもいいかい?」
「!」
「にれ君が嘘をつく子じゃないって分かってるけど、オレも桜君と同じで、自分の目で見るまでは鵜呑みにしない様にしてるんだ」
「えっと……」
「……大丈夫。どっちの結果になったとしても、オレ達は君の存在を否定しないよ」
「!?」