マイナス、のちゼロ距離センチ【WIND BREAKER】
第1章 光差す向こう側で
「……もしかしたら、あの子には本当に彼女のことが見えていなかったのかもしれません」
「!?」
突然後ろから聞こえたその言葉に、心臓を鷲掴みにされた様な感覚に陥る。バッ、と勢いよく振り返ると、そこにはにれさんが深刻な表情で私を見つめていた。
「お前まで何言ってやがる!見えていなかったって、オレらにはちゃんとコイツが見えてるだろうが!」
「はい。オレ達には彼女のことが見えています。ですが……」
「……何か、そう思わざるを得ないことが起きたんだね」
蘇枋さんの確信めいた問いかけに、にれさんは眉間に皺を寄せ、躊躇う様に目を閉じる。でも、やがて意を決した様に目を開けてコクリ、と頷いた。
「っ!?」
肯定の動作を見て、私は言葉を失う。
いつ、どこで、いつの間に。
いろんな思いが、頭の中でぐるぐる回る。
「なんだよ!その……思わざるを得ないことって!」
「……胸騒ぎがしたと言って、桜さん達の様子を見に行く彼女を止めるために、腕を掴もうとして掴めなかったんです」
「……?間に合わなくてか?」
「いえ…………すり抜けたからです」
「「!?」」
にれさんが重苦しく告げたその言葉に、私と桜さんは同時に大げさなほど身体を揺らした。
桜さんは信じられない、という様に。……私は、見えているにれさんにも触れられることができなかった絶望感から。
「す、すり抜けたって……なんだよ。触れなかったってことか……?」
「……はい」
「はあっ!?それこそありえねぇだろ!」
「でも、事実です」
「っ、オレは!自分の目で見るまで信じねぇ!」
「!?」
桜さんはにれさんの言うことを否定して、私に手を伸ばしてくる。きっと、さっき宣言した通りに、私に触れることが出来るのか確かめるためだろう。
でも、にれさんが触れられなかった以上、桜さんにもきっと……いや、絶対に触れないはずだ。それを目の当たりにさせたら、必死に信じてくれている彼を裏切るみたいに感じて――――