マイナス、のちゼロ距離センチ【WIND BREAKER】
第1章 光差す向こう側で
「そんなことないよ。ねっ、桜君」
「ぉ、ぉぅ……」
「!」
桜さんの小さな小さな肯定が聞こえてきたことに驚いて顔を上げると、そこには私と同じく赤面している彼が近くに立っていた。
バチリッ、と目が合った途端更に赤くなり、忙しない様に首の後ろに手を回したり、視線をあっちこっちに向け始める。でも、やがてチラリ、と私に視線を送り、表情をそのままに口を開いた。
「た、助かった……」
「! は、はい……」
「いいね!いいね!青春だねー」
お互いに赤面し合う私と桜さん。何がいいのか分からないけど、その間で楽しそうに笑う蘇枋さん。
何とも言えない空気が私達の間に流れたその時、
「あ、あの……」
「「「!」」」
そんな空気を散らすかのように、震えた遠慮がちな声が響いた。
声が聞こえた方向に顔を向けると、カツアゲされていた男の子が少し離れた所でこちらを見つめて立っていた。その手には、取られていた財布が握られているけど、大事な物が返ってきたにも関わらず、顔は青ざめ冷や汗をかいている。
「だいぶ顔色が悪いけど、気分が悪くなったのかい?」
尋常じゃない様子に心配していると、蘇枋さんも同じことを思ったみたいで、男の子に歩み寄りながら尋ねた。だけど、その歩みも「あの……!」という、さっきよりも大きくなった男の子の声にすぐ止まることになる。
「っ……」
心臓が、忙しなく脈打つ。
男の子を心配する気持ちが消えて、代わりに嫌な予感が胸の中に広がった。
…………次に男の子が何を言うのか、私はもう、知っている。
「……助けてもらったのに、こんなことを言うのは失礼だと思うんですが……」
男の子はそう前置きして
「あなた達2人は、誰と話しているんですか……?」
いっそ可哀想なほど顔面蒼白になりながら続きを口にした。