第8章 黒か青か (悟ルートへ)
「夏祭りは楽しんでおいで」と、傑お兄ちゃんは微笑みながら言ってくれたが、本当は行きたくないのだと口が裂けても言えなかった。
私が無言で頷くと、お兄ちゃんも食堂を出て行く。
閉まった扉を暫く見つめていると、近くの席に座っていた家入先輩が寄ってきて、私の肩をポンと叩いた。
「ま、五条をよろしく頼むよ。初めての場所だと、アイツ意外とはしゃぐんだよね」
「初めての場所ではしゃぐって……子供みたいですね」
「そうそう、初めてファミレス行った時も目をキラッキラさせてさ。何でそこまでテンションが上がるのか謎だったけど」
デザート制覇を宣言して吐きそうになるまで食べていた五条先輩のエピソードを話しつつ、「ほんとアホだよ」と、家入先輩は首を傾げていた。
初めて行くファミレスで目を輝かせている五条先輩を想像すれば、確かに微笑ましい。
御三家だと教育面とか厳しそうだし、高専に入るまでは自由に友達と遊びに行ったりする機会は無かったのかな。
傑お兄ちゃんや家入先輩と違って、私には五条先輩の本質がまだよく分からない。
黙っていても美人が寄ってくるだろうに、彼が私みたいなちんちくりんを相手にして楽しいのか、甚だ謎である。
「そうだ、五条って意外と子供舌で、ハンバーグやオムライスとかお気に入りでさ。多分、夏祭りで焼きそばとか、かき氷とか食べたいって言い出すよ」
ファミレスでの事を思い出しているのか、家入先輩は笑いを堪えているような様子でそう言うと、「じゃ、頑張って」という言葉を残して、煙草の箱を片手にヒラヒラと手を振りながら去って行く。
その後ろ姿を眺めながら、私は深い溜め息をついた。
「……丸く収まったようですね」
「ほんと、夏油先輩はゆめちゃんのこと好きだよね!」
先輩方の諍いに巻き込まれないようにと、端っこで待機していた七海くんと灰原くんが、安堵した様子でこちらへ寄ってきた。
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