第7章 薄夜の蜉蝣
電車が来るまであと五分。
貨物列車が通過するアナウンスが聞こえた。
線路の上を通って届く風は、生温いが気持ちいい。傑の手にぎゅっと力をこめると、彼も握り返してくれる。
「そうだなぁ」
まだ挨拶ネタを引きずる彼は、顎に手を当てて悩んでいるようだ。
そんなに難しいことを考える必要なんてないのに。私は傑を見上げながら、くすりと笑う。
「娘さんとお付き合いさせてもらってます、でいいじゃん」
冗談っぽくそう言ってみせると、傑は私をじっと見つめた。その瞳が真剣なものになっているのに気づいて私が首を傾げると、「違うな」と納得いかない様子。
やがて、何か思い付いたように口を開いた。
ちょうど貨物列車が通り過ぎようとしていた。
「 」
何か言った後、傑は照れ臭そうにしながら笑った。
列車の轟音で彼が何を言ったのか聞き取れなかったので、私は「聞こえなかった」と聞き返したのだけれど、傑はこれ幸いとばかりに微笑みながら、何も教えてくれなかった。
「もう一度言ってくれないの?」
そうねだってみたが、傑は笑みを浮かべたまま何も答えてくれない。
ケチ、と拗ねる私を宥めながら頭を撫でてくるので、私はそれ以上深追いしなかった。
「大人になったら言うよ」
そうはぐらかす傑。
一歳しか違わないのに、いつまでも子供扱いしてくるところが腹立たしいけれど、惚れた弱みというやつで何も言い返せない。
「ずるい」
私は頬を膨らませ、傑を恨めしげに見やった。
目を細めて、未だ線の向こう側の景色を眺めている彼の横顔を眺める。
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