第5章 憂いとけじめの青
お兄ちゃんの心臓がいつもより速めに脈打っているのが聞こえる。
ドキドキしているのが、自分だけじゃない事が嬉しい。
「あのね、傑お兄ちゃん……私、浴衣を一人で着れたよ」
そう言って見上げれば、
「ああ、すごいと思うよ。とても似合ってるから、見惚れてしまった」
と、感心したように頷いて、じっと見つめてくる。視線が絡んで、お互いに瞳を逸らせなくなる。
どちらともなく顔を寄せて、そっと口唇が重なる。
今だけ、全て忘れたい。ほんの少しの時間で良いから、この人の事だけ考えていたい。
夏風に揺れる木々の音も、騒めく虫の声も、遠くに聞こえる。
お互いに名残惜しく身を離すと、私は広い背中に回していた腕を下ろした。
お兄ちゃんは足元に視線を落とした後、しゃがみ込み、私の下駄に手を伸ばす。
下駄の鼻緒で擦れた親指と人差し指の爪先は、少し皮が剥けて赤くなっていた。そこを、温かくて大きな手が優しく包んだ。
傑お兄ちゃんはそのまま制服のポケットからハンカチを取り出すと、下駄の鼻緒に擦れた箇所にハンカチを当ててくれた。
「こんなに赤くなって……可哀想に」
「大袈裟。私は全然大丈夫だよ」
靴擦れなんてそんなに痛くないし、と笑えば、傑お兄ちゃんは眉を顰める。
「せっかくゆめが頑張って着付けしたのに、足がこれじゃ痛くて辛いだろう」
そう呟くように言った後、お兄ちゃんの手が足に触れたかと思うと、あっという間に抱え上げられた。
突然の浮遊感と、思った以上にお兄ちゃんが近い距離に居て、顔が熱を持つのを感じる。
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