第5章 憂いとけじめの青
昔、子供の頃に、着付けてもらっている時は何も考えてなかった。
一人でやると思った以上に大変で手間取ってしまうので、本当にお義母さんは凄いと改めて思った。
ようやく帯が巻けた時にはもうヘトヘトになってしまったが、これで浴衣をちゃんと着れた気がする。
姿見の前で軽く回ってみると、少し丈が長いし、細かいところが雑だが、初めて自分の力で着付け出来たので、及第点だと思う。
着付けが終わって鏡を見た時には、何だか自分じゃないみたいに思えた。
そして、姿見の前でくるりと回る時に、お兄ちゃんの笑った顔がふと頭をよぎった。
「喜んで……くれるかな……」
想像すると、自然と顔が緩んでしまった私は携帯を取り出して画面を見るが、やはり連絡は一つもないまま。
ふと思い付いて、携帯で浴衣姿を自撮りしてからメールに添付し、「早く帰ってきてね」と、お兄ちゃんに送った。
少ししたら返事があるかも、と思い画面を見つめたが、時間だけが過ぎていく。
一人で浮かれてしまった自分が恥ずかしいと思いながら、携帯を仕舞って立ち上がる。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫かな……」
心配しながらも、私は姿見の前へ足を進めて鏡に映る己を見つめた。
紺藍の布地に、白浜茄子の花の柄が入った浴衣。思わず、背筋もピッと伸びる。
薄紅を引いた口唇。想い人に会えない憂いを帯びた眼差し。いつもより少し大人になった気がする鏡の中の人物に、微笑んで見せる。
好きな人には笑った顔で会いたい。早く顔を見たいと思いながらも、何度も連絡するのは憚られた。
浴衣が入っていた大きな紙袋の底には、可愛い巾着と、軽くて履きやすい下駄が入っていた。
私は下駄を履いて、そっと寮の部屋を抜け出した。
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