第1章 背徳は蜜の味✿
「お兄ちゃん、あんなに怒らなくても良いのに。触られたくらいで減るもんじゃないし」
「少しでも余計な虫は付かせたくない兄心では?ゆめさんのこととなると、余裕がないみたいですから」
そう言いながら、チラリと動いた七海くんの瞳。その視線の先には、未だに口論を続けている二人がいた。
「いつかゆめちゃんが結婚とかになったら、夏油先輩は号泣しそうだね!」
明るく笑う灰原くんに、私は曖昧に笑って返すしかなかった。
「結婚かぁ……」
その言葉に、胸のあたりが少し重くなるような気がした。到底、そんな日が来るとは思えなかった。
血が繋がっていないとはいえ、私は傑お兄ちゃんが好きだ。兄妹なのにおかしいと思われるかもしれないけれど、お兄ちゃん以外の男性に恋愛感情を持てる気がしない。
「あなたも、大変ですね」
七海くんがぽつりと呟く。どういう意味なのか分からずに首を傾げると、彼は何でもないとでも言うように首を振るだけだった。
「あ、そうだ」
唐突にあることを思い出して振り返ると、いつの間にか話が終わっていたらしいお兄ちゃんが、こちらに向かって歩いてくるところだった。
私が慌てて向かうと、傑お兄ちゃんは優しい笑顔で、私の頭を撫でてくれる。
「ゆめ、走ると危ないよ?」
「あのね、漫画の新刊を買ってきたって、この間お兄ちゃんが言ってたの思い出したから、今日借りたいんだけどいい?」
「もちろん。今から取りにくるかい?」
いつものようなやり取りに、安心する。
うん、と私が笑顔で答えると、再度お兄ちゃんに頭を撫でられた。
心底面白く無さそうな表情をしている五条先輩に会釈し、灰原くんと七海くんにもバイバイと手を振り、私はお兄ちゃんと一緒に部屋に向かうことにした。
じゃあ行こうか、と傑お兄ちゃんに促されて歩き出すと、腕が私の肩に乗る。それが嬉しくて顔が緩んでしまいそうになるが、ふと先程の五条先輩の言葉を思い出した。
―――オマエさぁ……
あれは一体何を言おうとしたんだろう。気になるけど、お兄ちゃんの前では五条先輩に聞けない。
少し悶々としながら談話室を出て、お兄ちゃんの部屋を訪れる。
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