第1章 背徳は蜜の味✿
「ちょっと一服してくる」
「硝子、吸いすぎるなよ」
「分かってる分かってる」
傑お兄ちゃんの小言を払うように、ヒラヒラと手を振りながら談話室から出て行く家入先輩の後ろ姿を、皆で見送った。
「お兄ちゃんと五条先輩、ケンカばっかりですね。……でも、ケンカするほど仲が良いって言葉もあるか」
思わず私が呟くと、お兄ちゃんと五条先輩が同時に振り向いた。
あれっと思った瞬間、五条先輩の手が伸びてきて、私の片頬をムニッとつまんだ。アイスのせいで冷やっとした手の感触に、私は驚いて「ひゃっ」と変な声が出てしまった。
そのまま顔を覗き込まれる。綺麗な青い瞳に見つめられて、心臓がバクバクしてくる。
こんな風に先輩に近付かれたことなんて今までなくて、どうしていいかわからず、私はされるがままだ。
「オマエさぁ……」
五条先輩が何かを言いかけた時、いつも見ている大きな手が私の顔の前にかざされた。
「悟、勝手にゆめに触らないでもらえるか」
傑お兄ちゃんの表情はいつも通り穏やかだが、声音はかなり険しい。触れていた五条先輩の手を払い除けると、自分の方に私を引き寄せた。
「ちょ……おい、傑!」
焦ったような声を出す五条先輩。
「おにいちゃ……」
「ゆめはこっちにおいで」
立ち上がった傑お兄ちゃんに呼ばれて、私はそちらへ向かう。私に伸ばしたままの五条先輩の手が行き場をなくして、空中を彷徨っていた。
「ゆめを怯えさせないでくれるかな」
「は?誰がだよ。俺はただ……」
まだ言い合いを続ける二人を尻目に、私は食べ終わったアイスのカップを捨ててくることにした。
灰原くんと七海くんもアイスを食べ終わったのか、喧騒からそろそろと抜け出るように、立ち上がった私の隣に来た。
「ああなると、先輩方を止められるのは夜蛾先生しかいないよね」
「……あの二人の仲裁は、夜蛾先生の鉄拳でしか無理でしょうね」
溜め息混じりの二人の言葉に、確かにそうかもと思ってしまう。私も呆れて乾いた笑いが洩れてしまう。
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