第2章 甘く苦いメランコリー
唖然とする私に、先輩は悪戯が成功した子供みたいに笑いかける。いつもの意地悪な先輩の顔に戻ってしまった。
「先輩、最っ低ですね」
「最高の褒め言葉だな。さっき俺が付けた鎖骨のあたりの印、傑にバレないよう、せいぜい頑張れよ」
不敵に笑う五条先輩に、先程吸い付かれた箇所へ慌てて手を当てる。
早く部屋に戻って確認しなくては。コンシーラーで隠せるかどうか気になる。
「部屋まで送ってやろうか?」
五条先輩は余裕たっぷりに微笑むと、狼狽える私の返事を待たずに手を差し出した。
先輩なんて、嫌い。
心の中でそう毒づいてから、差し出された五条先輩の手を払い除けた。これ以上一緒に居たら、また彼のペースに乗せられてしまう。
私は無言のまま、床に転がっていた缶を拾うと、五条先輩の脇を足早に通り抜けようとした。
通り抜ける間際、腕を掴まれてグッと引っ張られた。
視界がブレる。
そのままバランスを崩した私は、五条先輩の腕の中に倒れ込んだ。
突然の出来事に動揺して暴れると、五条先輩の肩口に顔を押し付けられるほど抱き締められて、身動きが取れなくなってしまった。
「俺は、本気だからな」
降ってきた声は、今まで聞いたことがないくらい真剣だった。彼の体温が、匂いが、吐息がすぐ傍にある。
うるさい心臓の音はどちらのものなのか分からない。ただ、ドクンドクンと大きく脈打つ音が身体中に響いている。
この感情を何と呼ぶべきなのか、今の私には分からなかった。
「……っ、放して……ください」
やっとの思いで絞り出した声は、掠れて震えてしまった。
「今なら術式解いてるから、突き飛ばして逃げられるけど?」
この人は、私が逃げられないことを知っている。
意地の悪い先輩は、私の耳元で小さく笑った。本当に卑怯だと思う。
「力で勝てないの、分かってますよね?離してくれないなら……その……か、噛みつきます」
「小型犬かよ。痛くなさそう」
私が精一杯の強がりを口にすると、五条先輩が笑いを堪えているのが伝わってきた。
私の身体を拘束していた力が緩む。
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