第2章 甘く苦いメランコリー
「あっ……」
思わず漏れてしまった声が恥ずかしくて、慌てて両手を口元に当てる。
先輩は、満足そうに笑ってから、私の耳元に口を寄せると、「今日はこれで勘弁してやるよ」と囁いた。既にお風呂に入ったのか、先輩から漂う良い匂いが鼻腔をくすぐる。
刺激が強すぎて身体が火照る。頭がクラクラしてしまう。
「明日、皆の前でデートに誘ってやるから断るなよ」
引き続き耳元で低く響く声に、心の奥が甘く疼いたのも束の間、
「断ったら、コレ、全員にバラすからな」
私の目の前に差し出された携帯の画面に視線が奪われる。映し出された写真を見た瞬間、一気に血の気が引いた。
見覚えのある風景。
そこには、高専の校舎の影でキスをする私と傑お兄ちゃんの姿があった。まさか、こんな写真を撮られていたとは思わなかった。
「傑の親に知られたら、ゆめは確実に実家に強制送還されるな。めでたし、めでたし」
「……っ、脅迫じゃないですか」
「だから、俺は最初からそのつもりだって言ってるだろ」
迫られてドキドキした事態から急転直下。
動揺して心臓がバクバクとしてくる。
今の私には、傑お兄ちゃんと引き離された生活など考えられない。それだけは絶対に嫌だ。
私は、観念したように小さく息をつくと、震える己の手同士を握り、まっすぐに五条先輩の目を見つめ返す。私に選択の余地を与える気はないことは理解した。
「……分かり……ました……」
私の承諾の言葉を聞いて、五条先輩はパッと嬉しそうな笑顔を見せた。普段の彼からは想像できない、無邪気な表情。
「契約成立」
私の手を取り、五条先輩は強引に小指を絡ませる。指切りげんまんなんて、子供の時以来だ。傑お兄ちゃん以外の男性(ひと)と、初めて小指を結ぶ。
まるで、人には言えないような秘密を共有しているようで、妙な背徳感に襲われる。絡め合った指先が熱い。
「あ、そーだ」
綺麗な指が離れたと思ったら、今度は私の髪に触れてきた。肩に掛かった髪を後ろに流しながら、首を露わにされる。
「ゆめの首にキスマークなんて、付いてねぇよ」
「……えっ……じゃあ……」
やられた、と歯噛みする。私は、まんまと彼の嘘に嵌められて墓穴を掘ったのか。
→