第13章 白夜の陽炎✿
部屋から出て行こうとすると、傑お兄ちゃんに引き止められたので、振り返る。
こちらをじっと見ていたが、歩み寄ってきて、僅かに視線を落とす。まるで確かめるかのように私の両手を握った後、名残惜しそうにその手を解いた。
「ありがとう、ごめんなさい」
私が小さな声で呟くと、いつもの任務前の激励のように笑って送り出してくれる。
最後に一度振り返った。
傑お兄ちゃんはひらひらと手を振っていた。私もそれに応えるように小さく手を振り返すと、後ろを見ずに部屋の扉を閉める。
いまだ足が震えて心臓がバクバクと音を立てているが、ここまで来たらもう後戻りはできない。
私は深呼吸をしてからゆっくりと歩を進めた。
深夜の廊下に響く足音も怖くなかった。
医務室の隣の仮眠室へと急ぐ足取りは、どこか現実味がなかったけれど、頭の中は妙にスッキリしていた。
「もう、戻れないなら行くしかない」
自分で自分を励ましながら、仮眠室の扉をそっと開ける。中に入れば真っ暗だったけれど、窓から入る月光で室内はほんのりと明るかった。
部屋の一画に、白いレールカーテンで覆われたベッドが一つ。そろそろと忍び足で近付き、カーテンの隙間からその中を覗き込む。
サイドテーブルに無造作に置かれたサングラス、そして見慣れた白髪の頭がチラリと見えて、五条先輩だと確信する。
音を立てないようにベッドの横に移動すると、私の気配に気付いたのか、綺麗な睫毛に縁取られた碧眼が姿を現す。
次の瞬間には、術式を発動させようとした五条先輩の指が鼻先にあった。
一気に浴びせられる警戒の殺気に、身体中の毛が逆立つ。
「あ?……なんだゆめか」
侵入者が私だと認めると、驚いたように目を見開いてベッドの上に座り直した。
緊張が霧散して、いつもの五条先輩の表情に戻っていた。
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