第2章 甘く苦いメランコリー
「……嫌って言ってもするんですよね、その脅迫とやらは」
「へぇ、素直じゃん」
「要求があるなら早く言ってください」
私の言葉に、彼は愉しげに笑う。
五条先輩はおもむろに腰を上げると、私の前に立ち塞がった。自動販売機の光に照らされた端正な顔が、私を見下ろす。
次の瞬間、五条先輩が覆い被さるように壁に手をついて、座ったままの私を閉じ込めた。突然のことに驚いて、持っていた缶が中身ごと床に落ちる音がした。
目を見開いたまま、動けなくなる。
至近距離にある綺麗な顔。吸い込まれそうなほど神秘的な瞳に、目が釘付けになる。
五条先輩に、こんなに近付いたことはない。
私の心拍数が急激に上がって、金縛りにあったみたいに身体が動かない。
微動だにしない青い瞳が、じっと私を観察している。
「なんで……傑なんだよ」
小さい声だったけれど、はっきり聞こえた。
何を言われてるのか、すぐには理解できなくて、頭の中で何度も反芻してみるけれど、やっぱり意味が分からない。
混乱している私に追い打ちをかけるように、先輩は言葉を続けた。
「どっかの馬の骨が相手なら、心置きなく全力で叩き潰して、堂々とオマエを奪えるのに」
「五条先輩……」
「俺、ワリと優良物件だけど、傑から乗り換える気とか……ないよな、やっぱ」
さっきまで強気だったのに、急に勢いが落ちたように自嘲気味に先輩が呟く。
自販機の光でも分かるほどに、赤くなった五条先輩の耳がすべてを物語っているようで、私はようやく今の状況を理解した。
先輩の熱が私にまで伝染するように、じわじわと顔に集まってくるのがわかる。
「それは……その……駄目です」
突然、好意を突き付けられて思考が追い付かない。動揺したせいで、声がうわずって幼稚な返答になってしまった。
そんな私の反応に、五条先輩は不満げに眉根を寄せて、口をへの字に曲げた。
いつも後輩に対しては余裕たっぷりな表情をしているのに、今は年相応に見える。私の知らない五条先輩が、そこには居た。
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