第12章 狼さんの甘咬み✿
「傑お兄ちゃん、気を付けてね」
名残惜しさを感じながらも、ゆっくりと身体を離すと、大きな手に頭を撫でられた。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言い残し、傑お兄ちゃんは足早に去っていった。
ポツンと一人ベンチに残された私は、しばらくその場に座ったまま小さくため息をつく。
正直、助かったと思ってしまった。あのまま流されていたらと思うと、頭が沸騰してしまいそうだ。
生ぬるい風に夏木立がざわめく。
空を仰ぐと、木漏れ日がきらきらと優しく降り注いで眩しかった。
そんな爽やかな光景を眼前に、何故か昨晩の五条先輩の熱に浮かされたような眼差しや触れ方を思い出してしまう。
火照る身体を抑え込むように、深く呼吸する。
『……理由なんて必要か?俺はオマエと一緒に居たいの。いーだろ、それで』
『俺のことが好きで好きで堪らないって、そう思わせてやるよ』
脳内で蘇る台詞に、一人で悶絶する。
私の彼氏は傑お兄ちゃんのはずなのに、心の中で五条先輩が占める面積が大きくなってきている。
たった一晩、一緒に過ごしただけだ。
「……どうしよう」
五条先輩の姿を思い出すだけで、胸のあたりがムズムズして、落ち着かなくなる。
胸がきゅーって締め付けられて、苦しい。
五条先輩と傑お兄ちゃん、二人とも好きだ。どっちかを選ぶだなんて、到底できそうもない。
自分でも優柔不断だと自覚している。
「卒業までに決めてくれって、五条先輩言ってたけど……」
今まで生きてきて、好きになったのは傑お兄ちゃん一人。傑お兄ちゃんも私を好きだと言ってくれていて、これからもその関係が続くのだと、漠然と信じていた。
降って湧いた自分の感情に、何が正解なのか分からなくて不安になる。
自分の感情に整理がつかなくて、頭が混乱してきたので、一旦考えるのをやめた。
もらった紅茶のペットボトルに付いていた水滴も、いつの間にか乾いていた。
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