第12章 狼さんの甘咬み✿
「大切に守ってきた君が、誰かのものになるなんて到底耐えられない。それが、悟であっても」
握る手に力が入る。骨が軋んで痛いくらいに。
「ゆめ、キスしてもいい?」
唐突にそう言われ、思考停止した私は目をパチクリとさせる。
そんな私を見て、傑お兄ちゃんは少し可笑しそうに笑った後で唇を重ねてきた。薄くてやわらかい口唇の感触に、胸がトクンとざわめく。
ちゅ、とリップ音を立てて離れていくのをぼんやり眺めながら、私は無意識のうちに彼のシャツの裾を指で摘んでいた。
「傑お兄ちゃん」
「なんだい?」
「……私、きっと五条先輩のことは好きなんだと思う。もちろん、お兄ちゃんのことも好き」
「うん」
「でも……五条先輩に対する『好き』が、傑お兄ちゃんへの好きと同じなのか、考えても答えが出ないよ。だって私の恋も、キスも、それ以上のことも、初めては全部お兄ちゃんと一緒だったから」
「ゆめ……」
視線を泳がせながらも、言葉を選んで正直に話す。
私が自分の気持ちを伝えると、傑お兄ちゃんは嬉々とした様子で目を細めた後で、じぃっと私を見てくる。
真昼の陽光の中では赤褐色にも見える虹彩。
お兄ちゃんの瞳に見つめられると、私の体は微熱を帯びる。
他人の前では物腰が柔らかい兄が、私と二人きりでいる時だけ見せる表情がある。
しっとりとした色香を含む視線。欲情を隠さない微笑。それは私だけに向けられ、目にすることが許される特権だ。
「ゆめを想うこの気持ち。兄としての愛情じゃないんだってこと、教えようか?」
彼の指が私の唇を撫でる。
私は無意識のうちに目を閉じると、また唇が重なる感覚がした。何度か角度を変えて重ねた後でゆっくりと離れていくと、彼は少し照れ臭そうに笑う。
「ゆめは……ずるいね」
そう言って再び唇を重ねてくる彼に対し、何がずるいのかと私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
漏れた吐息と紅茶の香りを、夏風がさらっていく。
「傑お兄ちゃんは、私のどこを好きになったの?」
ふと思い立って尋ねてみる。ずっと気になっていたけど、今まで一度も聞いたことが無かった話だ。
→