第12章 狼さんの甘咬み✿
ただ分かるのは、昨日の出来事は嫌じゃなかったということ。むしろ嬉しかったし、もっと触れて欲しいとさえ思ったくらいだった。
「迷ってるというより、混乱してるって顔だね。じゃあ、質問を変えようか」
私が考え込んでいると、お兄ちゃんが紅茶を飲みながら話を続ける。
「私とは、どうなりたい?」
その問いには即答出来る。
「……今まで通りでいたい」
五条先輩との未来は、すぐには思い描けない。
けれど、お兄ちゃんは違う。私の答えに、傑お兄ちゃんは困ったように笑った。
「ゆめは意外と残酷だね」
「え……?」
お兄ちゃんの言っている意味がよく分からずに首を傾げると、彼は小さく息を吐いた。
そして少し間を置いてから口を開く。
「……私は、ずっと昔から――それこそ小学生の時に出会ってから、ゆめのことが好きなんだ。中学時代は兄妹の立場を利用して、ゆめに告白しようとしていた馬の骨どもを全部追っ払った。ゆめを襲おうとしていた不良もいて、校舎裏で殴り合いしたこともあったかな」
懐かしむお兄ちゃんの横で、私は驚きを隠せない。
当時のクラスメイトに「お前の兄ちゃん、重度のシスコン」と苦笑されたことはあったが、まさかそんなことが裏であったなんて。
目を見開いて見つめると、傑お兄ちゃんは自嘲気味に笑う。そんな彼の表情を見るのは初めてで動揺してしまう。
「ゆめが悟と付き合うことになったら、今まで通りに接することが出来るか……私は自信がない」
傑お兄ちゃんはそう言って私の手を取る。
その手つきは壊れ物を扱うように優しくて、どこか慈しむような愛情を感じる。
「ゆめの幸せを願ってる……と、兄らしくカッコよく言ってやりたいけれど、それは嘘だ」
目を伏せてどこか苦しげ呟いたその姿を前に、私は何も言えずに黙って見上げることしかできなかった。
夏のぬるい風がお兄ちゃんの前髪を揺らす。
傑お兄ちゃんは私の手を握っていた自分の親指で、手をするりと撫でてくる。その触り方が擽ったい。
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