第9章 桔梗の君
車内の淡い明かりの中、先輩の表情をはっきり窺い知る事はできない。
サングラスを掛けていても、いつもよりもやわらかい眼差しで見つめてくれているのは分かった。
「まぁ、蛇の式神はプライド高いからな。実力のない術師の命令には従わない。そう考えると、最近のゆめはよくやってる方じゃねーの」
珍しい。
居丈高な五条先輩が、呪術に関して私を褒めた。天変地異が起きるのではないかと思うほどの驚きに、五条先輩の方を見返したまま口をパクパクさせてしまう。
いつもみたいにからかったり貶したりするなら分かるけれど、こんな風に褒められてしまうと、どう反応していいか困惑してしまう。
「ハハッ、金魚みたいなアホ面」
そんな私の反応を見てか、五条先輩は小さく噴き出した。馬鹿にされた気分に、不貞腐れたように顔を背けていると、少し間を置いて先輩の手が私の前髪を撫で梳いた。今日は何だか距離が近い。
さり気なく、長い指が髪から頬へと滑る。
咄嗟のことで、ピクリと肩が跳ねてしまう。
いつものふざけた雰囲気とは違っていて、変に緊張する。私は思わず身構えてしまった。
「あ……の、その……五条先輩、くすぐったい、です」
五条先輩の手を払おうと、私は自身の手を重ねてみるが、その手はびくともしなかった。
それどころか、逆に私の手を包み込むように握り込まれてしまう。
じわっと伝わる熱。
意外と私よりも高い彼の体温につられて、こちらも項(うなじ)が汗ばみそうになる。
「ゆめの浴衣姿……傑にも見せてやろうかと思ったけど、やっぱやーめた」
ぽつりと呟く五条先輩を見上げた。薄暗い車内で、サングラス越しに視線を返される。
「なんでですか……?」
「他の男に見せんのもったいねーじゃん」
小さく含み笑いを洩らす五条先輩は、パッと私の手を離したかと思うと、サングラスを外して浴衣の懐に引っ掛けていた。
私を独り占めしたいのだと、暗にそう言われたような気がして、頰がカッと熱くなった。
冗談とも本気ともつかない声音で言う先輩に、私は混乱する頭を落ち着かせるように視線を泳がせる。
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