第9章 桔梗の君
「五条先輩、こんな素敵な浴衣、私が着たら変じゃないですか?」
「変じゃねぇよ。髪を結って化粧したら、そこそこイケるだろ」
「そこそこって……それ、褒めてます?貶してます?」
「あ?褒めてんだろーが」
「そこは素直に『似合ってる』って言ってくださいよ……五条先輩のバカ」
「俺が選んだんだから、似合うに決まってんだろ」
「なんでそんなに自信満々なんですか」
浴衣サプライズに慌てふためいた私の姿を見て満足したのか、したり顔をした後に相好を崩す五条先輩に呆れてしまう。
店員さんはお世辞で言っているのかもしれないけど、五条先輩は口は悪くとも、本気で私に似合ってると思ってくれているだろう。
いつもの見下すような意地悪な笑みではなく、無邪気な笑顔に胸がむずむずした。
「本当に仲睦まじい御二人ですね」
五条先輩と言い合いをしている横で、店員さんが着物の袖で口元を隠しながら、フフッと笑っている気配がする。
先輩後輩の関係で、特別仲睦まじいというわけでは無いと控えめに反論しながら、私はもう一度鏡を見て、帯も揃いで作られた華やかなそれを見て不安を覚える。
高そうな帯には、五条家のものなのか、松のような家紋の模様が小さく織り込まれていた。
私が使う帯に家紋を入れる意味は理解出来なかったが、既に頭がキャパオーバーなので、余計なことは考えないことにした。
「五条先輩、これって良いお値段しますよね?」
店員さんが傍から離れた隙に、私はこっそりと先輩に声を掛けた。
彼は腕を組んだまま「さぁな」と明後日の方向を見ながら言い、ニヤリと笑うだけで何も答えてはくれない。
どうしよう、こんなものを汚してしまったら弁償も出来ないしクリーニングにも出せない。
小さく唸りながら考え込んでいると、店員さんが口を開いた。
「では……五条様、お連れ様の浴衣の着付けは私共にお任せ下さい」
襖を開ける音も無く、いつの間にか店員さんの人数が増えている。
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