第9章 桔梗の君
「わざわざ呉服屋さんで浴衣を仕立てたんですか?私も関わってるのに、一言も聞いてないんですけど……!」
「当たり前だろ、オマエに言ってねーし。呉服屋が浴衣も扱ってるのは普通だろうが。何カリカリ怒ってんだよ」
五条先輩は、何を今更グダグダ言ってるんだと、不思議そうな顔で私を見上げた。
駄目だ、お互いの常識が噛み合ってない。
私は若干のめまいを感じながらも脱力し、再びイスにストンと腰を下ろした。
「……私の浴衣は、レンタルで済ますワケにはいかないんですか」
「俺の隣を歩く奴に、そんなダセェことさせる訳ないだろ」
五条先輩から注がれる視線が鋭くなる。
庶民にとっては、ダサい、ダサくない以前の問題なのだけれど。五条先輩とは、色々と感覚が違いすぎる。
溜め息をつきながら、お金はどうしようかと思っていると、先程の店長さんとは違った、着物姿の綺麗な女性が現れた。
「五条様、ご準備が整いました」
「あぁ、案内してくれ」
五条先輩は立ち上がってその女性と共に部屋を出て行く。私は慌ててその後を追い掛けた。
小上がりになっている和式の部屋に入り、履き物を脱いで上がる。女性は更に襖を開けて、奥にある部屋へと案内してくれる。
衣桁が何台もあり、何着もの着物が収納されているその部屋の中央に、テーブルの上に大事そうに置かれている一着がある。
「こちらが今回の御品です」
店員さんはそう言いながらその白い布を抱え、五条先輩に手渡した。
「良い生地だ」
広げられた布は、紛れもなく女物の浴衣だった。
五条先輩は満足げに頷きながら、浴衣を広げて見つめている。私は呆然としたまま、その美しい布を眺めていた。
光を跳ね返すような化学繊維の強い白ではなく、空に浮かぶ雲のような優しい白。
藍色を使い、花々の繊細な模様があしらわれたそれは、ひと目見て上質なものだと分かった。
「あの……これ……」
あまりにも高そうで、今後の展開が怖くなった私が口を開くと、店員さんはチラリと視線を向けてくる。
一瞬、私を頭の先から爪先まで眺めた後、五条先輩に向かってニッコリと微笑んだ。
値踏みされているように感じたのは気のせいだと思いたい。
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