第9章 桔梗の君
私みたいな庶民とは縁もゆかりも無いように感じる場だった。店の前に葉っぱや塵一つ落ちていない。
手入れが行き届いているのが見て分かり、圧倒される。
「わぁー……」
「ゆめ、行くぞ。アホみてぇに開けてる口は閉じろよ」
灯りの配置も絶妙で、私がその美しい外装に目を奪われて立ち止まっていると、五条先輩は溜め息をこぼしながらも慣れた様子で進んでいく。
「五条様、お待ちしておりました」
店内に入ると、和装の品の良い男性が恭しく出迎えてくれた。
五条先輩が挨拶をしているのを横で聞いていて、その方は店長だということが判明した。
「つい先日も橘をご贔屓頂きまして、誠にありがとうございました」
「なんだかんだ『橘』が一番口が堅いし、仕事も確かだからな。次の御三家の会合前にも世話になる」
「五条様にそう仰って頂けますのは、光栄の極み。従業員一同ますます励みましょう」
普段は傑お兄ちゃんと馬鹿みたいな冗談ばかり言ってるけれど、こういうお店で大人と堂々と対等に言葉を交わしている様は、正に五条家の次期当主だと尊敬してしまう。
店内にはお客さんは一人もおらず、私達は店長さんに促されて奥の部屋へと通される。
次の部屋に足を踏み入れると、ふわりと優しい木の香りがした。
高級そうな木製のイスやテーブルが置かれたその部屋で待つように言われ、五条先輩が座ったのを確認してから、私は緊張しながら向かいのイスに腰掛けた。
そして辺りを見回すけれど、声がしたり、物音がしたりといった、お店の人やお客さんの気配は感じられなかった。
「あの……五条先輩、呉服屋さんに何の用事なんですか?」
「ゆめと俺の浴衣を預けてあるから、取りに来た」
「……はい?」
突然の発言に私は首を傾げた。
「浴衣、夏祭りに着ていくだろ」
しれっと言い、五条先輩はさも当然といった調子で頬杖をついたまま私を見つめている。
一瞬、何を言われているのか分からなくなったけれど、すぐにその意味を理解し、勢いよく立ち上がってしまった。
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