第12章 黒猫、狐に逢う
袖口を鼻先に持っていって匂いを吸い込むと侑が珍しく顔を真っ赤にして止めてきた。そんなに照れなくても。慌てる侑を無視して私が持っていたスマホをカメラモードにしてから手渡す。
「後ろ姿撮ってや!」
「ホーム画面にすんならええで。」
「要検討〜。」
侑が後ろに回ったのを確認してからダボダボの袖を捲り上げ両手でピースする。すると直ぐにカシャッとシャッター音が聞こえたので振り返った。なんか凄い難しそうな顔して顎に手をあててる。
「ありがとー。」
「うーん…。」
「えっ。何?」
「いやぁ、自分のジャージ着とるとむっちゃ俺の女って感じせん…?」
「いや知らんけど。おいこっち来んな。」
「貸したお礼位あってもええんちゃう?」
両手をワキワキとしながらジリジリ迫る侑。お、これは悪ふざけだな。そう思って壁際まで下がりながらしゃがみ込んで両手で自分の体を庇う。逆に侑は目の前まで来るなり両手を壁に着いて私を囲った。近っ。
「あっ、侑…あかんで母ちゃんに見られてまう…!」
「大丈夫やて、ほら、ちょっとだけやから!」
「ちょっとって何!?何がちょっとなん!?」
「ちょっとちゅーとか色々するだけやから!」
「いやそれアウトやん!」
「痛くせんて!」
「痛いちゅーって何!?」
「お前ら何してんねん。」
「げっ、サム。」
「おかえり治。」
巫山戯てる間に治がお風呂終わったようで首に掛けたタオルで髪を拭いながら戻って来る。悪ふざけも終わり、そう思った刹那だった。
上から視線を感じて少し顔を上げると静かに相貌が迫り頬に何か柔らかいものが触れ、ちゅっ、と音が鳴った。びっくりして侑を見ると瞳を細め柔らかい笑みを浮かべている。
……うわ、私この顔知ってるわ。いっっちばん楽しくバレーしてる時のカオや。その大好きなものを見る様な表情にほんの少しだけドキリと心臓が高鳴った気がした。
「フッフ、油断大敵やで。」