第2章 すれ違い(及川)
だから、逃げた。荷物は後で取りに行けばいい。そう思って自分の教室に駆け込む。とっくに部活動の時間になっているから、もうそこには誰も居ない。
「はぁ…もう体育館に行くのは辞めようかな…。」
イジメの対象になるのはごめんだし、どうせ彼に声を掛けることも出来ないのなら行かなくても別に…。自分の席に座り、机に突っ伏す。そして睡魔に導かれるまま、眠りに落ちた。
「…せ…ぱーい。」
「……。」
「先輩。」
誰よ、うるさいな…。
「…先輩!」
「何…っうわぁ!」
何分、何時間寝ていたのかはわからない。でも外がとっぷり暗くなっている事から、かなりの時間ここに居たって事はわかる。…それよりだ。今目の前で顔を覗かせているのは、私がずっとずっと、見下ろしていた人物で。
「ダメだよー、女の子がこんな時間まで一人で学校に残っちゃ。ハイ、鞄。忘れてったでしょ?」
「え…あ…ありがと。」
寝起きだからか、好きな人を前にしているからか、正常に働いてくれない頭で鞄を受け取る。…わざわざ届けに来てくれたんだ。
「ほら、早く帰ろう?正門閉められるし。」
「…う、ん。」
小さく頷くと、彼は私の手を掴んだ。いつの間にか随分大きくなったなぁ、なんて他人事のように考える頭とは逆に、私の顔には熱が集中する。
「手…!」
「嫌だった?」
「そうじゃなくて…!」
「だったらホラ、急ぐよ先輩!」
名前を呼ばれただけで、どくりと心臓が脈打つ。あぁもう、一体今日はなんなんだ。
走って学校を出ると、今度はのんびり歩き出す。それでも繋いだままの手に嫌でも意識は集中してしまう。
「及川、くん…?」
「なーに?先輩。」
「私一人で帰れるよ?」
「何言ってんの!こんな暗い中、女の子一人で帰すわけ無いでしょ!」
当然、とばかりに胸を張る彼が可愛く見えた。まるで犬のようだ。その姿がまるで昔と変わらないみたいで、クスリと笑う。
「…変わらないね。」
「え?」
「あっ…いや!そうじゃなくて…その…」
つい口が滑ってしまった。ピタリと止まった足取りに、どことなく不安が過る。
「…先輩は、変わったね。」
「…え?」