第2章 すれ違い(及川)
友人の悲鳴は、私が思っていたよりずっと大きかったらしい。コートに立っていた及川徹が、こちらを見上げた。そして一瞬だけ、小さく目を見開くと嬉しそうに笑って何処でいつ覚えて来たのかパチン、とウインクをしてきたのだ。それだけで私の頬は熱くなる。…もしかして、覚えてるの…?
「っ!今こっちに向かってウインクした!!やっぱりかっこいいよー!!」
「そ…そそそうだね!」
答えるだけでいっぱいいっぱい。なんで私は今まで彼がこの学校に通っていたことに気づかなかったのだろう。叶わない恋だと思って、彼を追いかける事をしなかったからかな。いや、でも覚えてたわけじゃなくてただのファンサービスだったのかも…。思い上がって喜んで、結局後者だったら恥ずかしいなんてものじゃない。
「えと…ご、ごめん!私今日バイトあるから先帰るね!」
「え?ちょ…!」
友人の、制止の声を無視して走る。そして落ち着かない感情を抱いたままバイトに出た私は、普通ならやらないようなミスを繰り返してしまった。全部及川徹のせいだという事にしておこう。
それからまた、数ヶ月。彼の練習姿を見に行くのは私の日課になりつつあった。小学生の頃見ることのできなかったバレーに打ち込む姿は、誰も文句を言える事など出来ないであろう格好良さ。たまに先輩にしばかれてるみたいだけど。
「かっこ良くなったなぁ…。」
昔はねーちゃん、ねーちゃん、ってヒヨコみたいについて来た彼は本当に見違える位にカッコ良くなった。…そんな彼を今は遠くから眺める事しか出来なくなったのがとても歯がゆい。
そんな複雑な感情を持ったまま、体育館を眺めていたらまた彼と目が合った。そして今度は、片手を上げヒラヒラと振る。その直後、先輩にまた蹴られていたけれど。
そして私はといえば、とても個人的なファンサービスを受けた為か周りの女の子達から向けられた視線が非常に痛い。女の子の嫉妬が怖いって、本当だった。
「何あいつ…及川くんから手なんか振ってもらっちゃって。」
「前はウインクもされてたのよ…?」
ひそひそ話しとは何故かよく耳に入ってしまうものだ。何と無く居心地が悪くなってしまった。少し怖くなってその場を離れる。荷物を残したまま走った。彼が気付いてくれたのは嬉しい。でも、先輩を含め沢山の女の子を敵に回す怖さはよく知っている。