第1章 禍根【江戸後期:鬼舞辻無惨】
紗枝が”夫だった”という男には心当たりがあった。
その男の名は清史郎。
鬼狩りで最近の鬼狩りとしてはそこそこの実力であったと記憶している。
私が農村から少し離れた孤立した民家に住む一家を襲撃している最中に来たのが清史郎だった。
大雪が勢いを失い、静かにハラハラと舞い落ちる深夜、わたしから逃げ惑う一家の悲鳴を聞きつけてやってきたのだ。
「無抵抗な家族を襲うなぞ、まさに鬼畜の所業。この若松清史郎が成敗いたす」
人間からすれば勇ましいであろう無謀な特攻は、嘲笑に値するほどあっさりしたものだった。
結局は、先に子供を守ろうとして死んだ父母のように一度目の攻撃とも呼べぬ一撃は呆気ないほどに体を刻んだ。
「鬼狩り様!!」
「いいから逃げなさい」
それでも、鬼のような形相で血管を浮き上がらせて立ち上がり、子どもを逃がすように立ちふさがり果敢にも斬りかかってくる。
無駄だというのに2度目に致命傷を与えても立ち上がり、佇まいは一丁前に鋭い眼光をこちらに向けいてた…。
「その執念は誉めてやろう。だが、貴様はすでに私に一太刀も浴びせることもできぬまま、もう立っていることすらままならなくなっている。
なぜ、幼子も逃がしたというのに己が命を燃やすというのだ」
「………」
清史郎は答えなかった。
ただ鋭い眼光をこちらに向けたまま、ヒューヒューと呼吸音だけが静寂に響く。
「その執念は、鬼として通用するだろうか…。
私の質問に答えぬなら、意識が朦朧とする中で何に対し強さを追い求めるか…、鬼になって証明すればよい」
私が清史郎に血を与えたのはそういう理由だ。
適応するのに3日。
この男が回収されぬよう、手元に置いていた時に魘されながら女の名前を呟いているようだった。
それが、紗枝の名前であると正確に分かったのは、名前を聞かされてから。
清史郎は鬼となり強さを追い求めるようになった。
その強さが何のためのものだったのかは知る由もない。
全てを忘れたらしい清史郎は、目覚めた時に別の名を与えた。
自我を持たぬように呪いをかけて…。