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鬼が人の心を宿す時【鬼滅の刃】*短編集(ほぼ鬼)

第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】



「いや、こっちこそ…」

一瞬だけ彼女の方を見る。
これまでずっと胸の内に温まったものが言葉として溢れ出る。

「この仕事をやってきて、初めて誇れるような仕事ができた。…『藤宮 彩葉』、君を指名したこと、本当に良かったと思ってる」

たぶん、初めて彼女の名前を口にした。
彼女は驚いたように目を見開き、顔を赤らめる。

「…わたしにとっても、この仕事をやってて一番心に残った仕事でした」

彼女が震える声でそう言うと、俺は自然と笑みがこぼれた。

「…ありがとう」

短い言葉だったが、俺の心にある全ての感謝を、彼女に伝えられた気がした。

俺たちの間に、再び沈黙が訪れる。

帰り道が近くなるほど胸が苦しくなる。
まだ、帰したくない。

だが、

「今日は、この後お仕事あるんですか?」

それとなくだろうか、単に会話のつなぎだろうか。
意図が読めない声色で彼女が聞いてきた。

「ない。今日はこれで終わりだ」

ふと、彼女を見る。
こちらを向いて普通の会話の要領で聞いてるようだが、どこかぎこちなさと緊張感を感じた。

勘違いでなければ…

同じように感じてくれているのなら…

信号で止まると、彼女の方を見る。

「彩葉…予定は?」

「ない…です…」

「…このまま帰したくないんだが…
無理に言うつもりもない」

正直にそのままに言う。
気を遣わなくてもいいように通常を装った。
答えと言葉をえらんで揺れえる心を眺めている瞬間が実際の時間よりもゆっくり流れているよう。

「無理じゃ…ない、です」

安堵と余剰した気持ちの穏やかな高ぶりに打ち震える。
緊張していったであろうことが解るように、彼女の膝の上で固く握られた手。

触れて感じた微かな震えがわかると、そのままその手を包んだ。

浅い呼吸

静寂

エンジンの音


いつの間にか重ねられた手。
高まり込み上げてくるものを抑えるものはない。

駐車場について、あの日のように肩を抱いてエレベーターを待つ。

エレベーターの戸が開いた瞬間に最上階行きへ。
手を引いて、一つの糸が切れたように強く抱きしめた。



深い呼吸


触れる体温


優しく甘い髪の匂い




遠慮がちに背に回される細い腕が
ただの思い上がりではないことに胸が熱くなる。

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