
第2章 The Light in the Abyssー前編【猗窩座】

アイツが俺にペイントする時は、
アイツが見ていて感じている俺自身をインストールされている気分になる。
彼女の手はいうなれば水を得た魚のように生き生きと滑るのだ。
それが、俺の存在を鏡のように拾い表現していく様を見るのが好きだ。
だから、俺は彼女のキャンパスになりきる。
そこから、カメラマンやら現場の奴らの被写体になる俺が生まれるのだ。
そこに会話がないのが、独特の雰囲気を作り出しアドレナリンを注入されたようにスイッチが入っていく。
職人は、没入すると目の色が違うと聞くが、目の前に見るとそれはより奥ゆかしく美しいものに感じることがある。
「…ふぅ………うっ、…っ」
この距離でしか聞けることがない息遣い。こちらへの配慮も感じ不快になることはない。
それは仕事…否、芸術に集中する職人と言わずしてどう表現しようか。
頬が上気して見開いた目から、没入感と高揚が見て取れる。
他のバカな男なら押し倒していてもしょうがない。
アーティスト性ゆえの集中力、没入感からきているとわかっている以上、変な気を起こすことは無礼に値すると思ってる。
触れる柔らかい手。
筆を支える筋だけが固くなって、時々肌に触れる。
ちらりとまた視界の端で彼女の姿を拾う。
こちらの視線にも気づくことなく、筆を走らせる。
長い沈黙。
こんなにも真剣に何かに打ち込めるのは、どんな気分なんだろう。
これからも、彼女には専属でやって欲しい。
でも、それは彼女が体験すべき成長できる出来事から遠ざけてしまうのではなかろうか。
いろいろな思考が体感時間を短縮するようで、気づいたらメイクの時間を全てこの女の事を考えていた。
「OKです。」
そう言われて、半裸の上半身を見る。
生身の色でもないのに、普段自分の奥の気づいていない部分を引き出すような…。
心に雷を打ち付けられたような気分になる。
「いや、大丈夫だ。今日の出来も良い」
全身全霊で戦った後のようにギラギラとした目が少し安堵の表情になる。
作品を生み出すことに全振りしているような女だ。
そういう奴は、周りを見る目に卑しさがないから好ましい。
名残惜しさを感じるのはどうしてだろうか。
彼女には、時々俺の内側に触れられているような錯覚になる。まるで、俺の全てを感じ取っているか、全てを理解して表現しているようにさえ感じるのだ。
