第1章 禍根【江戸後期:鬼舞辻無惨】
許さぬ。
許さぬ。
もっとその反抗する瞳が絶望に変わり、私という存在にひれ伏し従順となるまでに壊したいというのに…。
鬼ならば気に食わぬことをすれば簡単に罰を与えられる。何を考えているのか手に取るようにわかるのだ。
だが、人間ならばそうはいかない。
だからとて鬼にしてしまえば、私の血に順応しなければ即”死”である。
そして、鬼になってしまえば夫を討つ目的も失うため完全に部下となり、この女を理想の形で支配できないのだ。
気が狂いそうになった私は、気が付けば紗枝をテーブルに組み敷いて、驚いたその眼は今までにない別の恐怖を見せていた。
「私に逆らうとは随分余裕があるではないか。
どこまでその心を乱し、犯せば無駄な足掻きをしなくなるのか…。
試してみるか?」
テーブルに組み敷かれた桜華は、今までにないほどの恐怖を瞳に宿していた。それは、彼女が「何も持たぬ」と言い切っていた最初の出会いの頃とは全く異なるものだった。しかし、その恐怖は、私に屈服したわけではない。その瞳の奥には、変わらぬ強い決意が、怒りの炎のように燃え上がっているのが見えた。
「貴様は、私を恐れているようだな」
私の言葉に、彼女は震えながらも反論した。
「当然です。鬼の王たるあなた様に、抗う術などございません」
その言葉は、まるで彼女自身に言い聞かせているかのようだった。
「では、なぜ逆らう? 貴様のその足掻きは、無意味な死を招くだけだ」
私は桜華の細い首に、ゆっくりと指を這わせる。彼女の体がびくりと震えた。その脆弱な存在が、私のたった一つの指先で簡単に壊れてしまう。その事実が、私の征服欲を満たしていく。
しかし、同時に、言いようのない苛立ちが湧き上がってくる。私は彼女の肉体を支配することはできる。だが、彼女の心だけは、決して私のものにならない。彼女の心は、私とは違う場所にある。それは、夫という過去の存在、そして鬼殺隊という希望だ。
私は、彼女が抱く希望を徹底的に打ち砕きたかった。そのために、彼女の心を犯し、私以外のすべての感情を奪い去る。それが、私の唯一の目的となった。
「貴様の心は、夫という亡霊に囚われている。ならば、その亡霊を殺してやろう」
私は、彼女の耳元で囁いた。彼女の瞳が、恐怖から憎悪へと変わる。