第4章 優柔と懐柔
「さんお待たせ〜」
有希子のなごやかな雰囲気は、この場で浮いているのに、そのおかげで肩の力は抜けた。
赤井と降谷も応接室から姿を現した。
「約束どおり…、彼女と話をさせてくれませんか」
『…約束?』
深夜に行われたお茶会で、自身に関する話もとりなされるのは必然的かもしれない。
「2階のゲストルームを使うといい」
赤井に背中を押された。
おそらく言葉とおりに、背中を押されたのだと思う。
どこまでも大人の対応の優しい男は、ソファーに腰を掛けた。
「どうぞ〜、遠慮せずにあがっていって」
『…ありがとうございます』
「どうも…」
逃げても仕方がないと、伝えるべきは伝える覚悟を決めた。
部屋に入るなり、降谷に抱きしめられた。
しかしは抱き返すことはしない。
『話が…あるの』
「え…」
降谷の胸を押し返した。
『私…、零の元には戻らない』
「何を言って…」
心臓が不規則に跳ねている。
息を上手に吸えない。
拳を握りしめた。
『私…赤井さんに抱かれたの、だから、戻れない』
「は…、……よりによって赤井と…」
『ごめんなさい。だから、私のことは忘れて』
「…っ」
降谷から明らかな怒りの感情が浮かんだ。
それはそうだ、目の前に立つ女は、彼を裏切ったのだから。
腕を掴まれて、ベッドの上に叩きつけられた。
『痛っ…』
自身の身体をまたいで馬乗りになり、腕は頭上で縫い付けられた。
そんなことをしなくても、与えられる罰があるなら甘んじて受けるのに、抵抗の意思はないと全身を脱力させた。
「…君がまた、姿を消して、俺がどんな思いをしたと」
『…』
想定の範囲内だ。
「君の身柄はFBIから公安へ移った」
『…え?』
『君は彼らとの交渉材料になった。君の意志はそこに介在しない』
自身があの席から外されたのは、はなから交渉材料に用いられるため。
それに有希子の言っていた「悪いことにはならないから」の意味すること。
彼らが降谷の元へ自身の身柄を引き渡しても問題がないと判断したということだろうか。
降谷と、赤井、工藤夫妻の間では、公安としての降谷にの身柄を引き渡すことを条件に、彼らもまた何かしらの条件を降谷にのませていた。
お互いにとって不利益をこうむることのないように、密約は締結された。