第4章 優柔と懐柔
扉が薄く開いて、侵入してきたのは降谷1人だった。
2人のやり取りを、ただ降谷を見つめていた。
彼の元には戻れないし、次に会う時は、離れることを伝えると決めていたのに。
彼を目の前にした瞬間、全てが無理だと悟ってしまった。
こんな状況なのに、手の届く距離に彼がいることが、嬉しくてたまらなかった。
ブラフであっても、銃口を向けることができない。
玄関に灯りが点されて、降谷の姿が浮き彫りになった。
有希子の言葉に、その視線を追うように、降谷が振り返る。
「…」
『零…、もう、やめて…』
降谷は立ち上がって拳銃を納めた。
「…、すまない」
『…そればかり』
の涙を滲ませる瞼をそっと拭って、瞼に口づけた。
まるであの時のリプレイだった。
口づけと香りに、夢ではなく降谷だったのだとは思った。
「あら〜、どうしましょ〜」
有希子の声に、降谷は我に返る。
「こほんっ、今日はお連れの方たちはいらっしゃらないようなので…」
「っ?」
「ゆっくり妻の淹れた紅茶でも味わっていってくださいね」
「レモンとミルクどちらにします?」
優作と有希子の緊張感のなさに、降谷は毒気を抜かれていた。
降谷を応接室に通して、紅茶を淹れはじめる有希子を手伝う。
「さん、大丈夫よ。悪いことにはならないから」
『…』
どこまで知っていて、その言葉は何を意味するのか、考えてみてもわからなかった。
トレイに紅茶をのせて応接室に運ぶと、ドアの前で有希子にトレイを渡した。
「さんはリビングで待っててね〜」
深夜のお茶会に、は招かれなかった。
1人リビングに戻って、紅茶を口にした。
ちょうど、良かったのかもしれない、時間が稼げた。
彼にどう伝えれば良いのか、シミュレーションは何度も重ねてきた。
架空の彼を相手に、侮蔑も軽蔑も、憎悪も、想像し尽くした。
選んだのは自分だ、大丈夫だと、ゆっくり深呼吸をする。
一同が応接室にこもってから、1時間が経過した頃にドアが開かれた。
深夜のお茶会は終わったのだ。